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平均点:6.93点 採点数:200件

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採点傾向好きな作家

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No.200 6点 灰色のためらい- エド・マクベイン 2017/11/12 21:14
手作りの木工品を売りにニューヨークに出て来たロジャーは下宿屋で目を覚ます。
冬のニューヨークは寒い。木工品はよく売れた。母さんは元気にしてるかな。
あ、そうだ。警察に行かなけりゃいけないな。

87分署シリーズ最大の異色作。そもそも87分署シリーズを名乗る資格があるのかってくらいの作品。87分署の刑事は幾人か登場するも、能動的に動くことはない。
ロジャーがなぜ警察に行かなくてはならないのかが、良く言えば腰の入った文章でじっくりと描かれる。悪く言えばウダウダグジグジ優柔不断なロジャーに付き合わされる。「この野郎いい加減はっきりしろ」と怒鳴りつけてやりたくなるも、いつのまにか引き込まれている。そして、結論が先延ばしにされることを望んでさえいる自分に気付く。だが、ロジャーの不可解な一面と警察に行かなければならない理由が少しずつ明らかにされてしまう。
意外性はあまりなくて、起伏も少なくエンタメとしては弱い作品かもしれない。
それでも個人的には好きな話で、マクベインの違った持ち味、うまさを感じられたのも収穫だった。そつなく書くだけの作家じゃないんだなあと。ただし、オチはどうも気に入らない。

やっぱり会話が自然でうまいなあ。別に気の利いたセリフもないただの男女の会話の中に登場人物の息遣いが聞こえる。
海外、特にアメリカの作家は会話がうまい人が多い(ような気がする)。
日本人作家が海外の作家に劣る点があるとすれば、それは会話だと思っている。無理をしている感じがしたり、ただひたすらつまらなかったり、ひどく不自然だったり。
※あくまで個人の印象です。また、日本の作家が海外の作家に劣るなどとは微塵にも思っておりません。

No.199 6点 真夜中へもう一歩- 矢作俊彦 2017/11/12 21:06
~確かなことが、二つだけあった。目の前に坐ってトム・コリンズを飲んでいる男があまりに馬鹿なことを頼んでおり、彼が私の古い顔見知りだということだ。~本書書き出し

旧知の横浜医科大学の教室員から二村永爾に調査の依頼があった。大学の遺体安置所から遺体が消えた。仏は医大生であり、学生の関与を疑ったその教室員は二村に遺体探しを依頼する。二村は仏の友人である医大生を訪ねるが、その数日後に遺体は元の安置所に戻っていた。

本職が刑事(とはとても思えない)で休日だけ探偵化する二村永爾シリーズの二作目。このシリーズは原寮どころではない遅々としたペースで書き継がれている。三十五年間で四作。横浜が舞台なのが個人的には嬉しい。かつてアメリカのいた横浜。洋食屋のオムライスやアップルパイが美味かった横浜。
前作『リンゴォ・キッドの休日』、次作『ロング・グッドバイ』の間に挟まれてやや地味な印象もある本作だが、なかなか読ませる。文体、会話、街の雰囲気、ハードボイルドが好きな人なら充分楽しめるのではないかと。
チャンドラーの影響をもろに受けている作家の一人で、文体はもとより筋立てをいたずらに錯綜させてしまうところまで似ている。
文章はいい。日本のチャンドラー(清水訳)フォロワーの中ではトップクラスではないかと思っている。個人的には前に書評した原寮よりも矢作の方がうまいと思っている。
しかもこの人は年を食うにつれてどんどんうまくなっている印象がある。後年の作に比べると本作の文章はかっこつけ過ぎてやや滑っているところも見られる。
筋立てには無駄が多く、無駄なキャラも多いのだが、その寄り道も楽しい。こういうところ含めて大好きな『さらば愛しき女よ』に似ている。
ただ、いまいち決定力に欠けるのも事実。「チャンドラーを読めばいいんじゃない?」と問われると、返答に詰まってしまうところはある。
これが結城昌治だと「ロスマク読めばいいんじゃね?」とはならない。
それでも私は矢作を読みたくなることがある。

No.198 7点 アメリカン・タブロイド- ジェイムズ・エルロイ 2017/11/01 20:41
悪い奴やちょっと悪い奴やすごく悪い奴がケネディ一家の周囲に群がる。金、殺し、情報、利権が飛び交い、大きな渦となって一つの時代を作りつつあった。裏切り、そして、三人の男たちが、アメリカ史上最大の殺しに向けて動き始める。

『アメリカが清らかだったことはかつて一度もない』
エルロイファンには有名なこの一文で幕を開ける、アンダーワールドUSA三部作の第一作目。
ロイド・ホプキンズ刑事三部作の書評をちまちまと始めようかと思っていたのですが、トランプ大統領がツイッターでJFK関連の機密資料を公開するとか言い出したので急慮本作を。
シリーズがLAからUSAと変わり、そのとおりに物語のスケールは大きくなります。エルロイには国家とかそういう大きな話はして欲しくなかったのですが、予想に反してかなり面白かった作品です。エルロイ入門編としても悪くないかもしれません。
ノビー(落合信彦氏)の諸作ではケネディ兄弟=アメリカの英雄でしたが、本作では弟はともかく兄は女好きの日和見主義者でしかない。
アメリカの正義といえばまずはケネディ神話が思い浮かびますが、その神話を粉砕する話です。
またしても主要人物は三名で、そのうちの一人の造型が今までに見られなかったパターンでユニーク。三人の力関係の移り変わりも興味深く、脇を固める連中も相変わらず面白い。
特に良かったのは、歴史的事実を踏まえながら、ケネディへの憎しみがいかに醸成されていったのかを丹念に描いているところ。マフィアとかCIAとかではなく、個人レベルの憎しみを大きな渦へと変換していく。
また諜報、殺しの世界におけるプロの不安定さ。時計のように仕事をこなす組織の歯車ではなくて、良くも悪くも人間としての不確定要素をきちんと描いているところ。
さらに特記すべきこととして、あの人物が登場しない。JFK暗殺を描いた作品で、この人物が登場しないというのは前例があったのでしょうか。これは解説を素直に読めばドン・デリーロが同じ事件を描いた作品『リブラ~時の秤』にエルロイが『やられてしまった』からだと思われます。
ケネディ大統領誕生~暗殺までの流れをまったく知らない方は実在、架空の人物の区別、なにが事実でなにが創作なのかが非常にわかりづらいかもしれません。
ケネディを単なる一人の人間にまで引きずりおろしたのは良しとして、その手法がワイドショー的でやや安易だったのが少々気になりました。 
どの部分が事実かと頭を捻るよりも、JFK暗殺において裏でこのような暗躍があったのかもしれないなあと、そんな風に楽しむべき作品でしょう。
そして、USA三部作はエルロイ第二の頂点(私見)『アメリカン・デストリップ』へとなだれこみます。
個人的にはLA四部作の方が好きなので、本作は7点としておきます。


No.197 7点 - 北方謙三 2017/11/01 20:37
とある自由業から足を洗い、小さなスーパーを経営している滝野和也だったが、悪質な嫌がらせに遭い、それに対処しているうちに過去の荒ぶる血が甦り、過去が自分を引き戻そうとしていることにはっきりと気付いた。

文章はいい(とりわけ好きというわけではありませんが)。導入がいい。この導入がダメだと感じる方はおそらくこの作品は合わないでしょう。エンタメとしてつまらない部分がほとんどない。人物は重要度に応じて相応に書き込まれ書き分けられている。プロットはやや一貫性に欠けるも最初から最後までテーマに沿って描かれ、テーマに貢献し、結果的にそれが成功している。刑事の視点が存在していることで物語にさらなる厚みが加わった。
主人公の行動に理解し難い部分が多々ありますが、これは物語のテーマ上そうでなければならないし、瑕疵ではないと考えます。
主人公が最後に「○○」と、呟くが、これはいくらなんでもくどいし不自然。
もう少し読者の読解力を信頼していいのでは。
気になるのはうまさが少し鼻につくところ。綺麗にまとめ過ぎてしまったのではないかと。
それから、どうしても古臭さがつきまといます。暴対法施行前の臭いがプンプン。初読時にはそれほど古いとは感じませんでしたが、今回の再読では……。自分が知っている時代、知っている感覚が描かれているせいかもしれません。
北方ハードボイルドは忘れられた存在になりつつありますが、あと十年もすれば再評価の機運が盛り上がるのではないかとそんな風に思っています。

No.196 7点 郵便配達は二度ベルを鳴らす- ジェームス・ケイン 2017/10/28 15:30
ミステリとしては6点。小説としては8点。
犯罪を枠にした愛と逸脱の物語だと考えております。エンタメとしては殺人保険の方が上だと思いますが、小説としてはこちらの方が好きです。
子供の頃から作品名はしばしば耳にしたことがありましたが、内容はまったく知りませんでした。母は「いやらしい小説」だと言ってました。
高校時代に書店で見かけて手に取ると、裏表紙に~ハードボイルドの名作~とありました。これってハードボイルドだったのか! 当時チャンドラーにかぶれていた私は即購入。
序盤は退屈に感じましたが、徐々に面白くなっていって、ラストでは強い衝撃を受けました。
感動といってもいいかもしれません。ただ、奇妙なインパクトを与えてはくれたものの、これはぜんぜんハードボイルドではないし、全体としてはそれほど面白いとは思いませんでした。
数年後『俺たちに明日はない』という古い映画を観たときに『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』との共通点(テーマが同じだと感じた)に思い至りました。
それから何度か読み返しましたが、若い頃は退屈だと感じた序盤が年を経るごとにどんどん好きになっていきました。最初の二十頁ほどで人物の性格がほぼ描かれ、物語の先行き、テーマも暗示されています。会話も素晴らしい。怖ろしいくらいニュアンスに富んだ書き出しで、この序盤は理想的な一人称文体の一つだとさえ思えてしまいます。

私の持っている本作の版は巻末に『私の小説作法』なるケインのエッセイが掲載されております。非常に興味深いものでした。一部抜粋します。
~私はタフであるとか冷酷であるとか、ハードボイルドであるだとか、そういった文体を試みたことは一度もない。その登場人物であればそう書くであろう文体で書こうとつとめているだけのことである。~
~物語に関心を持たせる前に、登場人物に関心を持たせなくてはいけない。~

レイモンド・チャンドラーの御言葉
「私はケインが嫌いです。汚いものを書くのはいいんです。ケインはそれを汚く書くのです」
チャンドラーの「嫌い」を自分はあまり真に受けていません。
チャンドラーは「自分もやってみたいけどできない」ことを「嫌い」だと表現しているように思えてならないのです。
「ミステリは馬鹿馬鹿しいから嫌い、ヒッチコックはとにかく嫌い、ケインは汚いから嫌い」
でも、おまえ詳しいじゃん。どう思います?
※私はチャンドラー大好きです。

最後に邦題について
『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』がベストだと思います。

No.195 8点 鏡の中は日曜日- 殊能将之 2017/10/18 07:56
仕掛けが多くてわけがわからなくなる。凝りすぎにして(ミステリを)愛しすぎな作品。
ミステリを破壊しつつミステリの形式美を再確認するといういささかの矛盾を孕んだ作品です。
キモは作中の以下のセリフだと考えています。長いので一部を抜粋します。
「形式によって生じる美や意味というものがあるんじゃないでしょうか。まったく自由奔放に書くことが、はたして想像力の発露といえるかどうか、わたしには疑問ですね」
「孤高の詩人とファッション好き、この二つは対立するものじゃなくて、その総体がマラルメという人物だったんじゃないか……」

言葉の意味は不明だが形式には忠実、こういう詩は美しいといえるのでしょうか。
さて、では、リアリティはなくて、ミステリの遊戯性、論理性には忠実な本作の動機をどう評価しましょうか。
一般的な見地では、本作の動機は無茶苦茶だと思います。
「そんなことで人を殺す奴なんかいるか!」作中のとある人物も言ってます。
ですが、ミステリの形式美に背いてはいないように思えるのです。ミステリとしては美しい。
本作の各所に見られるリアリティのなさ、ご都合主義は問題にしません。
(問題にするという御意見も至極当然だとは思います)
本作はミステリについて考察するためのミステリともいえるからです。
むしろ、動機にリアリティがないほうが合目的性があるとさえ自分は考えます。
本書について惜しむらくは、ケレン味のなさ。いまいちインパクトが弱い。
ついでに、『鏡の中は日曜日』このタイトルは素晴らしい。

No.194 6点 アイガー・サンクション- トレヴェニアン 2017/10/16 00:25
大学教授のジョナサン・ヘムロックは絵画の蒐集という金のかかる趣味のため、殺しを副業としている。ジョナサンはいつも同じ人物から報復暗殺(サンクション)を専門に請け負っている。今回の依頼は曖昧模糊としたものであった。標的はアイガーの北壁に挑む登山パーティーの中にいるが、名前はまだない。山登りしながら標的をみつけて始末せよと。
そんな依頼ではあったが、どうしても欲しいピサロの絵の購入費用のため、そして、かつて敗れたアイガー北壁に再びチャレンジしたいと、ジョナサンは困難なサンクションに挑む。

トレヴェニアンのデビュー作。面白い面白くないで言えば、面白い。だが、完成度はあまり高くなくて高得点はつけにくい。いかにもデビュー作らしく、自分好みの要素を詰め込み過ぎてまとまりがなくなっている。どうでもいい部分に凝り過ぎていたり、前置きが長くて無駄も多かったり。いくつか例を挙げると、ドラゴン(ジョナサンに指令を出す人物)の造型にやけに力が入っているが、あまり意味がない。ジェマイマのエピソードは格別面白くもなく本当に無駄に思えた(これは好みの問題ですが)。
そして、本作の最大の問題は極めて魅惑的な状況を捻出したもののかなり無理があるところ。
すなわち殺しの現場はアイガー北壁、標的は未知。危険な岸壁に挑みながら、標的を探し、殺さなくてはならない。しかも標的に自分の正体を知られている可能性まである。こんな難易度の高い殺しの依頼を受けますかね。そもそもこの状況で依頼しますかね。
全体の流れ、構成もあまりうまいとは思えない。本作はヘタウマ度が高いと感じる。
つまり、つまらなくはない。筆力はあるし、他にも魅力は多々ある。
経験知識に裏打ちされたリアリティ溢れる描写、登山の準備、特にアイガー登攀シーンが素晴らしい。作者の冷徹な人間観察によるものなのか、作者が変人ゆえなのか、人間を判断したり評価したりするのに独特の視点を持っている。設定盛り過ぎのきらいはあるも癖のある人ばかりで楽しい人物造型、特に庭師が笑える。大したことのない(単純な)プロットを魅力的な場面で盛ってある楽しさ、などなど。
読む人を選ぶところもある作家だと思うし、人によって評価する作品も異なりそうではあるが、小説を書くのは教養人であり趣味人でもあるトレヴェニアンの余技なので、本人が愉しければそれでいいのであります(勝手な想像です、すみません)。いや、ジョナサン・ヘムロックと同じく、高価な絵を買い漁っているので副業が必要だったのかもしれません。
作中、広島、長崎への原爆投下をさりげなく非難しているセリフがあったが、作者は原爆投下後の広島にしばらく滞在していたことがあるそうだ。この日本滞在が後に『シブミ』を書かせる原動力となったのであろう。

No.193 6点 領主館の花嫁たち- クリスチアナ・ブランド 2017/10/09 19:39
病弱で精神にも異常のあった奥さまが天に召されたアバダール屋敷に家庭教師として招かれたテティ。知性溢れる聡明な女性であったが、身も心も傷を負っている。そんな彼女に懐いてくる美しい双子の姉妹。だが、この屋敷には忌わしき呪いがかけられていた。
じわじわと忍び寄る怪異、そして、テティは不吉な予言を突き付けられる。
「あんたは、いつかわたしたちを裏切って、破滅させるだろう」

クリスチアナ・ブランド最後の長編です。本書刊行から五年ほど後にブランドは亡くなったそうで、遺作というべきなのかは迷いどころ。
ミステリではなくゴシックホラー。『シャイニング』『嵐が丘』などが想起されましたが、そこにシャーリィ・ジャクスンの意地の悪さ、嫌な感じを付け加えた風。ブランドには元々意地の悪さがありましたが、ユーモアが鳴りを潜めてしまったので意地の悪さが剥き出しになり、さらに増幅されたように感じるのかもしれません。ホラーに分類しましたが、怖いというよりは薄気味悪い話でした。
本当の悪人はいない。だが、どの人物も人間の嫌な面ばかりを露呈させてしまう。それが元々の彼らの人間性ゆえなのか、館の呪いなのか、いまいち曖昧なのです。
第一部は見事です。読者の期待をことごとく裏切る意地悪な展開。館に翻弄されいつのまにか変容していく人物。淡々とした話ではありますが、読ませます。8点。
第二部は館の怪異がいよいよ正体を見せてくるのですが、それがちょっとやり過ぎのような気がしました。なぜか私にはとある人物の献身的な行為が非常に薄気味悪く思えました。そこまでやるのかと。6~7点。

ブランドのミステリ作品のようなどんでん返しはありませんし、エンタメ作品としては物足りないところもありましょうが、小出しにされる謎や呪いを解くための作戦はなかなか面白いと思います。そして、静かな幕引き。巨匠最後の作品として、なかなか感慨深いものがあります。

No.192 5点 リモート・コントロール- アンディ・マクナブ 2017/10/09 19:37
元SAS隊員のニックは現在は対テロリストの秘密作戦に従事している。緊急の任務で二人のテロリストの後を追ってアメリカに行くニック。ところが、二人の行く先を突き止めたところで「すぐに引き返して来い」という不可解な指令が。帰国の飛行機の時間まで少し余裕があったので、近くに住む友人を訪ねることにしたニックだが、友人家族は娘を一人だけ残して惨殺されていた。

ネット古書店でエルモア・レナードを注文したところ送られてきた一冊。カバーはエルモア・レナードで中身は本作だった。まったく知らない作家だったが、もしかしたら、これは運命的な出会いかもしれないと思い、読んでみた。話のネタとして傑作、もしくは超駄作を期待していたのだが、中途半端に面白いというネタにしづらい水準だった。悔しいので書評を書くことにした。
なんでも著者は元SAS隊員だったそうで、本を書くたびにSASに原稿を送ってチェックして貰っているそうだ。このチェックというのが、間違い探しのためではなく、事実を書き過ぎての機密漏洩を防ぐためだという。
確かに主人公が任務を命じられてから慌ただしく出発していく様子など、細部に至るまで非常にリアリティがある。
小説としては、序盤でニックが追い込まれていく流れはいい。この状況でニックはどう巻き返すのか、非常に読み応えがあり、先が気になった。ところが、遠慮なく主人公をイジメ抜く序盤に比して、友人の娘を連れての逃避行に入ってからは敵の追跡が少し甘くなる。本気で来られたらまあ主人公は勝てそうもない。作者としては手加減してやるしかなかったのか。
「敵が手加減してくれたおかげで主人公が勝つ」冒険スリラー系の作品でこの手の弱点を抱えている作品はかなり多い。
そんなわけで中盤が少しだれたかな。
友人の娘と心を通い合わせていく流れはどこかぎこちなく(ある意味リアル)、また、この娘に対してときおり顔を覗かせるニックの冷徹非情さはこの世界にあってはリアルなのかもしれないが、ここはもう少し感情移入してやって欲しかったかな。逆の意味でクィネルの『燃える男』を思い出してしまった。
そして、ラスト。タイトル『リモート・コントロール』の意味が判明、なかなか緊迫した場面で悪くないと思うのだが、個人的にはあのやり口はちょっと気に入らない。敵の正体も月並みに感じた。
最後までなかなか楽しく読めたのだが、水準作といった感想。
情報機関などの活動に興味ある人は細部のリアリティなどかなり楽しめるかもしれない。

最後に某古書店さんへ 読んでしまったので金を返せなどと言うつもりはないけど、次からは気をつけてね。

No.191 5点 わが母なる暗黒- 伝記・評伝 2017/10/07 12:39
1958年、絞殺死体で発見された赤毛の女、ジーン・エルロイ。
当時十歳だったリー・アール・エルロイ少年の母親だった。事件は未解決のまま、少年は心に傷を抱えたまま荒んだ生活を送り、やがて『ジェイムズ・エルロイ』となる。後に『狂犬』などと呼ばれるようになった作家エルロイは未解決に終わった母の事件の再調査を試みる。

結論から言ってしまうと、エルロイファンは必読。エルロイファン以外の方が本作を読んで面白いと思うかは疑問あり。少なくともエルロイ最初の一冊にはまったく向かない。
本作は四つの章から成り立つ。
一章「赤毛の女」母が殺害された一件をドキュメント風に綴っている。 
二章「写真の少年」エルロイの自伝。※写真というのは母が殺害されたことを知ったばかりのエルロイ少年を撮影したもの。
三章「ストーナー」母の事件を再調査するに当たって、エルロイがパートナーに選んだ元警官ビル・ストーナーの人となりや警官時代の仕事が簡潔に綴られていく。
四章「ジニーヴァ・ヒリカー」母の事件の再調査を詳細に記述、そして、あまり会いたくはなかった母方の親族を訪ねることによって、エルロイは母を理解する。
客観的に見て、二章はかなり面白い。一章、三章はまあまあ。問題は六百頁のうちの約半分を占める四章で、エルロイに興味のない人からすればまったく面白くないと思う。ときおり顔を覗かせるエルロイの心情、変遷していく母への想いなど非常に興味深いものがあるが、全体的には冗長で退屈な部分が多い。

『ホワイトジャズ』の書評にも書いたが、私はエルロイ狂犬説には与しない立場だ。
(エルロイ自身がこの説の言い出しっぺだという話もあるが、そうであったとしてもである)
本書には狂犬説を後押しするような記述が多数ある。だが、私には反証材料も多く存在しているように思えた。
例えば、エルロイは少年時代から空想の世界に入り浸っていたが、その世界には犯罪、特に猟奇殺人が溢れていたという。例えばこんなことを考えていたらしい。
「猟奇殺人鬼に襲われている女の子を助けて、その子とセックスしたい」
誤解を懼れず言わせて貰うと、わりと健全だなあと思った。
エルロイの空想には猟奇殺人鬼が跳梁跋扈していた。だが、エルロイは自分が実際に女性を切り刻んでみたいと熱望したことはあるのだろうか? 本書には猟奇殺人のことばかり考えていたというエルロイの述懐はあっても、猟奇殺人鬼になりたいという願望はまったく窺えなかった。
本書を読んだときに思ったのは、エルロイは法の執行者(警察)の側に立って小説を書いている。その警察が純然たる正義の味方とはいえないのがエルロイ作品の特徴の一つだが、いずれにしても猟奇殺人者はエルロイにとって絶対的な悪なのだと、私はこのように理解した。
エルロイが狂犬であるにしても、この言葉にはいろいろな意味があるわけで、猟奇趣味だけの作家=狂犬であるかのように誤解され、敬遠されてしまうことは非常に残念だと思う。
※エルロイが猟奇殺人鬼を一人称で描いた作品『キラー・オン・ザ・ロード』も読む必要があると思うが、ずいぶん前に購入したものの手をつけていない。
※母親との関係は抜きにして、エルロイという人間が、誇張された形とはいえ、もっともストレートに伝わるのは、ロイド・ホプキンズ三部作ではないかと思う。

エルロイは犯罪者同然の生き方をしていた、とよく書かれている。これも誤解を招くと思う。エルロイはどのような悪事に手を染めていたのか、本書に詳しく描かれていた。
つまりはドラッグ、万引き、下着泥棒。留置所で自分の罪状を他の連中に話したら笑い者にされたとエルロイは書いているが、作品の中で彼が扱う犯罪と比較してあまりにもしょぼい。さらに妙に抑制の効いたところがあったりする。
下着泥棒にしても一度のお忍びで盗むのは一枚こっきりときちんとルールを決めていたり、いつも忍び込んでいた家に防犯システムが導入されるなり盗みを一切やめてしまったり。
この人は混沌ではなく、むしろ規律を志向する人間ではないかとそんな風にすら感じた。

この人はどうしてこんな話を書いたのだろう?
この人を駆り立てた原動力、源泉はなんなのだろう?
面白い小説はたくさんあるが、こんなことを考えさせる小説はそれほど多くはない。
本作『わが母なる暗黒』は、『ブラック・ダリア』を読んだ時に芽生えた『どうして?』を考察する一助となってくれた。
本書を読むと、エルロイが作品の中に自身の体験を大いに組み込んでいることがわかる。
同じテーマを執拗に追いかけるタイプの作家であることもわかる。
誇張、二律背反といった特徴は彼の必然的なスタイルだったこともわかる。
エルロイは読者のことを念頭に置かずに書く作家ではない。受け狙いが転じて露悪趣味にまで走る。が、本書は自分のために書いている。
個人的には非常に興味深く、意義ある作品。
エルロイファンは必読なれど、一般的に受けるかという観点から採点は抑えます。

※どうでもいいことだが、気になったこと
作中に登場したエイン・ランド(アイン・ランドのことだと思われる)について、~アメリカのSF作家。物質文明を批評する観念的な作品を得意とした。~こんな註がついているが、私の知っているアイン・ランドはこんな作家ではなかったような?

No.190 7点 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン 2017/09/24 22:21
国際刑事警察委員会より暗号化された電報が届く。それには国際犯罪組織の長と目されているピートル・ル・レトンがブレーメンからアムス、ブリュッセルを経由してパリへとやって来たことが記され、さらにレトンの人相風体がこと細かく記載されている。
レトンが乗っている北極星号をお迎えすべく停車場へ馳せ参じるメグレ。メグレは自分の客と思しき人物をホームで視認するも、その直後、北極星号で騒ぎが起きた。洗面所で男が死んでいる。その男も電報に記載されたレトンの人相風体と一致する。

メグレシリーズの記念すべき第一作目。冒頭からストーブやパイプといったメグレお好みの小道具が登場する。
レトンをお迎えするにあたって、メグレはなぜ部下を連れていかなかったのか? まあそんなことはいいとして、本作はまっとうなエンタメ作品でありながらメグレシリーズとしては異色作である。
シムノンは後年「ストーリーには興味がない」と発言しているが、本作ではストーリーを意識してエンタメ小説を書こうとしているように感じられた。
オチはメグレらしからぬものであるように思えた。が、悪くない。
写真を見ての推測、そんなことまでわかるのか、メグレにはわかるのだ。
空さん御指摘のとおり説明的な文章、シムノンらしからぬ文章が散見される。
自分が特に違和感のあった一文↓
~メグレの顔はこわばっていた。が、泣きはしなかった。泣くことのできぬ男であった。~

原題は『ラトヴィアのピエトル(人名だが、道化の意もある。含みありそう)』うーん、こっちの方がいいな。レトンは怪盗ではないように思えるが、日本での発売当時だったら怪盗にしておいた方が売れそうではある。

クリスティ精読さんが言及されていたが、数年前から作家の瀬名秀明氏がネット上でシムノン作品の書評を順々に発表している。瀬名氏はメグレシリーズは一作目から順番通りに読んでいくのが正しい読み方のように思えると述べていた。順番通りに読むべきなのかはともかくとして、最初に本作を読むのはいいと思う。
シムノンの試行錯誤が感じられるが、良作だと思うし、なにより自分は本作が好きだ。

No.189 7点 オルガニスト- 山之口洋 2017/09/24 22:16
ドイツの音楽院で教鞭をとるテオドール・ヴェルナーの元にブエノスアイレスで活動している天才的なオルガニストの情報がもたらされる。このオルガニストはかつての親友であり、また、自分がその将来の芽を摘んでしまったあの青年ではないかとテオドールは予感する。

青春小説、サスペンス、SFが混ざったような作品で、個人的にはホラーでもあるように思えた。
音楽に魅せられて、その純粋さが狂気へと向かってしまった青年のとんでも話。
前半は音楽家を目指す若者たちの青春小説、後半に入って殺人事件が起こり、サスペンス、SFの要素が入り込んでくる。
後半のSF的な部分で白けてしまう人もいるかも。また、音楽、オルガンに関する蘊蓄がかなりあって、興味のない人には辛いかもしれない。
ミステリとしては犯人はまあ普通に読んでいれば誰でもわかる。動機もだいたい推測できる。ただ、ハウが少し凝っていて、これを主人公たちが音楽的な部分から解き明かしていくところに工夫がある。
ホームズの有名なセリフが言葉を多少変えて飛び出したりもしている。
ハッピーエンドともバッドエンドとも取れそうなラストは哀切であり、読後感には独特のものがある。個人的にはとても好きな作品。
ただ、変にあっさりしたところが目につく。三角関係がなし崩し的に解消されていたり、悲惨な出来事が起きたわりに主人公も彼もやけに冷静だったりとやや説明不足、書き込み不足と思えた。また、音楽に関する説明は多いが、音があまり聞こえてこないような気がした。
なにかにすべてを捧げてしまう人の話というのはチラホラ見かけるのだが、中島らも氏の遺作となった短編『DECOCHIN』(異形コレクション蒐集家に収録)における狂気などは本作に通ずるものがある。

酒見賢一氏の作品を書評したのでファンタジーノベル大賞受賞作を一つ。受賞作は半分以上は読んでいるが、ジャンルを特定しにくい作品、はっきりいって変な作品、そういうのが多く、一般的なファンタジー作品はむしろかなり少ない賞。総じて受賞作の文章はレベルが高く、かなり癖のある作品が揃っている。

※本作は三人称で書かれていたものを文庫化にあたって一人称に書き直している。やや無理もあるが、私は一人称に直された文庫版の方が好き。登録は三人称のハードカバー版

No.188 6点 墨攻- 酒見賢一 2017/09/24 22:12
古の中国には墨子教団と呼ばれる奇妙な連中がいた。非攻の精神を基に、侵略にあっている国を助け、落城の危機に瀕する城を救う。通常は数人の墨子が組んで任務に就くのだが、教団内のいざこざのため、革離はただ一人二万の軍勢に踏み潰されんとしている小国の城の救援に向かうことになった。

史実と空想を織り交ぜた奔放な作風と簡潔にして格調高い文章が売りの酒見賢一氏です。
本作は中島敦記念賞を受賞しているそうです。漫画化、映画化もされています。小原庄助さんの書評に触発されて、懐かしさのあまり自分も酒見作品の書評を書きたくなりました。

革離が村人を統率し、自在に腕をふるう籠城戦が淡々と描かれていますが、とても面白い。
ただ、墨家というのはかなり特異な集団だったらしいのに、その特異さがあまり前面に出ていないように思えます。戦術に当時の最新の知見が盛り込まれてはいるものの、奇策と思えるようなものはなく、軍律そのものも、それを徹底することも基本に忠実な参謀という印象しかありませんでした。また、初読時は呆気ない終わり方に不満でした。

年を食って、淡々とした書き方の中に墨子の哲学が少しだけ見えたような気がします。本作のあっけない終わり方は、いかにも墨子らしくて素晴らしいと思っています。

ファンタジーノベル大賞という新人賞があります。自分はこの賞の第一回目の原稿募集の新聞記事を憶えております。この賞の受賞作は絶対に読もうと決めて、実際に読みました。「すごく面白かったけど、これはファンタジーなの?」と思いました。これが酒見賢一氏のデビュー作『後宮小説』でした。

No.187 6点 死都日本- 石黒耀 2017/09/24 22:10
メフィスト賞受賞作。力作。
破局的な噴火なるものが発生した時になにが起こるのか。
九州の火山が噴火。逃げ回る主人公の視点でその恐怖をたっぷりと味わうことができる。
ただ、主人公を絶命の危機にたびたび追い込んでちょこちょこと読者を脅かしてくれるが、そのやり方がいささかせこい。
ドキュメント風の作品。これは小説として問題があるという含みもあるが、迫真性に富んだ作品である。かなり怖ろしい。リアリティ(もっともらしさ)は充分すぎるほどにある。だが、この作品の場合は作品の性質上、リアル(事実)であるかどうかも重要だ。私は素人なので判断できないが、ネットで調べてみたところ大きな間違いはないらしい。
大仰なタイトルだが、虚仮脅しではなさそうだ。一読の価値はある作品。
小説らしさは希薄だが、読み物としては非常に面白い。

説明が多すぎるような気もするが、具体的な描写、数値を上げるなどして精緻に語ってくれるので、個人的には面白かった。自然描写が丁寧。
政治、経済に関して言及した部分には素直に頷けない点もある。
万単位で人が死んでいく話なので、個々の人間ドラマにはあまり見るべきものはない。ただ、近藤老人の話は妙に印象的でいまだに憶えている。

予見的な部分がけっこうある。
中国の潜水艦のエピソードなんかはもう笑ってしまうくらいリアル。近年実際に同じようなことが起こっている。
後年の政権交代を予見していたかのような書きっぷりも凄い。
ただ、現実に政権取ったのは……おろおろするばかりで具体的な方策はなにも取れず、本書のような展開にはならないでしょう。
※出版は2002年

作者は少年時代から火山に魅せられていた内科医。
「地震は怖いけど、火山はそれほどでもないよね」
妻のこの言葉に驚いたことが執筆の切っ掛けだったという。
作者の狙いは成功している。火山は本当に怖ろしい。
ただ、破局的噴火によってなにが起こるのかをこうして読んでしまうと、私は諦めるしかないなと思ってしまうのであった。

No.186 9点 ジェゼベルの死- クリスチアナ・ブランド 2017/09/16 13:11
「わかった! この人は○○○なんだ!」
ユーモアミステリの傑作などと言ってみたい。
演劇的な作品だとも言ってみたい。
ページェントなるものがモチーフとなっているが、本作のキャラ造型やセリフ回し自体にどこか演劇的なものを感じる。シェイクスピアを想起させるようなセリフもあった。
故に小説的には少々馬鹿らしさも感じなくはない。これがガチガチの本格だったら、たぶん馬鹿らしさを感じてしまったと思う。

素晴らしいユーモアと素晴らしい本格要素が融合してとてつもない傑作になっている。
本格要素の凄さがユーモアのそれより、ほんのわずか上回っているかもしれない。
自由奔放な視点移動から真相に肉薄するような材料をバンバンさらしている。巨大な針の山に隠されたゼムクリップを探しているかのごとき状況に読者を追い込む。
ところどころ違和感はあったんですよ。なんで『目』に関する描写がやたらうるさいのか、とか。でも真相はまったくわかりませんでした。大胆というか、自信に溢れる書き方ですな。誤誘導がうますぎます。誤誘導というか混乱させられただけなのかもしれませんが。
※実は自分も斎藤警部さんと同じくあの人物が犯人だと考えておりました。たぶん僕たちは作者の思惑通りに読まされたような気がしますよ、警部殿。
第二の死体が出てきた時は笑いが止まらず。
自白する者後を絶たずの展開もかなり笑えました。
そして、あのトリック。この落差がなんとも。
連続自白は読者を混乱させるだけではなく、主眼は壮大なユーモアであったんだと自分は考えております。ここまで大胆にユーモアを織り込んで、それでも本格としてのバランスを危いながらも保ち、白けさせず、散々笑わせておいて本作の目玉ともいえる驚愕のトリック。怖すぎてまた笑ってしまう。傑作です。
人物造型もこの小説の狙い通り、物語に大いに貢献する的確なものであったと自分は思います。
弱点としては、若干の読み難さ。トリックの実現可能性に疑問。コッキーのキャラがいまいち弱い。まあ、ここまでの作品を提示されてしまうと、どうでもいいですね、こんなこと。

No.185 7点 病みたる秘剣- 伊藤桂一 2017/09/16 13:07
かつて根津の親分として名を馳せた岡っ引きの浜吉であったが、ふとしたことから法に触れ江戸から五年の所払いとなってしまう。刑期を終えて江戸に戻っては来たものの、今さらどの面下げて十手を持てるものかと、習い覚えた風車作りを生業にして江戸の片隅でひっそりと暮らしている。そんな浜吉もガキ仲間の喜助や下っ引き留造らの引き立ててでかつての姿を取り戻していく。

以前に書評した捕物小説のアンソロジー『捕物小説名作選一』に本シリーズの第一話が収録されており、興味が湧いたので購入。登録だけして書評を書くのが延び延びになっておりました。そういう作品が多いんですよね。すみません。
作者は昨年秋に九十九歳でお亡くなりになっているようです。
第一話を読んだ印象は劇画調のかっこいい話。子連れ狼みたいな世界観なのかと期待しておりましたが、どうもそういうシリーズではなく、だんだん人情味が強い普通の捕物小説のようになっていきました。下っ引きである留さんの相談役から始まり、浜吉は話が進むにつれてかつてのように親分へと復帰していきます。まあガチガチ鉄板な展開ですな。第一話のナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけるような感覚が希薄になってしまったのは残念でした。とはいうものの、かっこいいアクションシーンは多く、読点を多用した噛んで含ませるような文章もなかなか味わいがあるし、話作りも安定した面白さがあります。
特に表題作がかっこいい。
浜吉の私生活は期待に反してほのぼのとしてしまいましたが、それはそれで良かったのかも。
二作目である『金隠しの絵図』もとい『隠し金の絵図』もなかなか良かった。以降の作は未読だが、やはり良質の捕物小説シリーズではないかと予想される。
これからも捕物小説を少しずつ読んで読書の幅を広げていきたいと思う今日この頃。

No.184 6点 血族- 山口瞳 2017/08/26 16:10
父母の若い頃の写真はある。生後三ヶ月ほどと思われる自分の写真がある。なのに、父母の結婚式の写真がないのはなぜなんだ? こんな疑問が唐突に湧き出て、作者山口瞳はいてもたってもいられなくなり疑惑の解明に乗り出す。そこには母が隠し通した、そして、誰も話したがらない一族のとある秘密が絡んでいた。

ミステリーのようにも読める私小説などと言われている作品です。以前に書評したカポーティの『冷血』と同様の形式、ノンフィクションノベルともいえます。
作者は二十年ほど前に亡くなりました。この頃のことはよく憶えております。訃報から数日後、上司が休み時間に「ちょっと読んでおこうかなと思ってさ」などと照れながら本作を読んでいたのを発見して、私も便乗したからです。

最初の200頁は延々と親類縁者のエピソードが続きます。それほど陰鬱ではない、むしろ愉しいエピソードなのですが、どこか漠然とした重苦しさが漂います。作者の大いなる不安が反映されているからでしょう。『知りたい、でも、知りたくない』と。この葛藤が読者にも真に迫って来る。ここらあたりはサスペンス的な要素あり。
変人ばかりの一族。彼らの独特の価値観、性質が語られていく中、それこそ章が進むごとに次々と小さな謎が積みあがっていきます。作者は~貧乏は遺伝する~といった面白い視点を交えつつ、一族を分析していきます。とにかくおかしなことの多い一族です。これら大量の謎が200頁以降で解明されてゆき、謎のすべてが一族の秘密へと収斂してゆきます。逃れられない血の轍とでも申しましょうか。丑太郎伯父さんが改名した理由が特に心に残りました。そして、ちょっとしたどんでん返しもあり、作者の母への思いが、最後の二行が胸を打つのです。
ミステリ的な読み方は可能ですが、ほとんどの読者はかなり早い段階で一族の秘密に気付いてしまうことでしょう。いささかくどい部分もあります。また、小説としての完成度は難ありのような気もします。が、とても好きな作品です。小説としては8点か9点です。
ミステリとして考えると……採点は抑えます。6点。

作中、こんな文章があります。
~だから私には推理小説やSF小説が読めない。理解できないから面白くないのであるけれど、一方でバカバカシイという気持ちもないことはない。~
この文章がどうにも前後から浮いているんです。『だから~』とあるけれど、なにが『だから』なのかさっぱりわからない。この部分は丸ごと削除してしまった方が文章の流れが自然なのです。なんでこんな文章をわざわざ挿入したのか。作者は本作執筆にあたって、いくらかミステリを意識していたのではないのか。
作者は直木賞の選考委員をしていたので、ミステリの候補作にどのような選評を残しているのかをざっとチェックしてみました。
ミステリを目の仇にするようなことはなく、むしろ泡坂、連城などをかなり高く評価していました。島荘の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』に至っては推す人が誰もいないなか唯一人強硬に推しまくり。
ミステリだからダメなのではなく、ミステリに固執することによって致命的な瑕疵が生じたり、完成度が落ちるくらいならミステリを捨てたほうが良いというスタンスのようです。候補作のいくつかにそのようなコメントを残しておりました。
こういう人が書いたミステリ風の作品ということで、あえて書評してみました。

No.183 7点 アックスマンのジャズ- レイ・セレスティン 2017/08/11 15:13
手堅い作品だが、目を惹くタイトルとは裏腹に意外とケレン味は乏しくて、自分が編集者だとしたらなにを売りにしていいのか迷ってしまいそう。帯には『ジャズを聴いていない者は斧で殺す』と大きめの文字で書かれ、その下に『恐るべき予告までする連続殺人鬼の正体とは? 実際に起きた事件をもとに大胆な設定で描く話題作』とあった。うーん。ジャズは物語には申し分なく寄与しているものの、ミステリ部分と密接に関連しているかというとそうでもない。実際に起きた事件を下敷きにしていることもそれがうまく活かされているわけでもなく。さらに独自の作家性や突出した部分が見えにくい(裏を返せば欠点も少ない)。ジャンル分けも確かに難しい(個人的にはジャンルはどうでもいいのですが)。
時代設定は1919年。舞台はニューオーリンズ。1919年は奇しくも日本が国際連盟で人種差別撤廃を提案するも、なぜか反対する国(どこだろう?)がいくつかあって廃案とされた年。その頃、ニューオーリンズではまだまだ人種差別が根強く残っていた。こうした時代の街の描写、雰囲気作りがうまい。
人物もルイス、ケリー(もっとも気になったキャラ)といった脇役含めて丁寧に書かれており、主な視点人物が三名いても、混乱することもなく読み易い。この視点人物のパートはつまらないというような問題もなかった。
構成や文体は著者近影に比例して非常に生真面目な印象。視点人物を複数にしたことを活かした決着の付け方が洒落ている。
エピソードの作り方は上手だし、泣かせ方も心得ている。ただ一度だけのあの二人の会話なんか良かったなあ。これでパワー(個性)が出てくればかなり面白い作家になりそう。続編も読みたい。

※ジャズはあまり詳しくありませんが、ルイスのモデルはすぐにわかりました。というか、名前同じだし。「What a wonderful world」で検索するとルイスの晩年の姿、歌声を堪能できます。


No.182 8点 図書館の魔女- 高田大介 2017/08/11 15:11
~鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女(ソルシエール)」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。~amazonより

メフィスト賞受賞作
全四巻のうち、まだ一巻しか読んでいないのですが、国産ファンタジーの傑作の予感がプンプンしますので、いてもたってもいられず箇条書きでフライング気味の書評を。全部読んだらまた改めます。
外枠は情報戦や外交に重点を置いたユニークなファンタジー。
内実は言葉の物語。
序盤のテンポが悪すぎる。徐々に展開が早くなってくる。
無意味とも思える動作などの細かい描写は? 
(肩を上げるだけなのに二行も使って描写したりする。)
こうした(特に序盤の)不必要に思える描写には何か意味があるのか。おそらくある。
正確精緻。歯ごたえはあるが、あまり味のない文章。
難解な単語がときおり飛び出すが、文章そのものはさほど難しくはない。
建物や服装の描写が細かいのはハイファンタジーだから仕方がない。
ハイファンタジーとしては異世界感に乏しい。
世界史や地理を学べば存在する既存の世界をアレンジして組み直したような印象が強い。
よく見ている少年とよく考えている少女のボーイミーツガール。
キャラ作り等にライトノベルの要素を持ち込んでいる。
エンタメ的盛り上がりには欠けるが、内容は素晴らしい。

No.181 6点 ケープ・フィアー -恐怖の岬- ジョン・D・マクドナルド 2017/08/10 00:08
十三年前にサミュエル・ボーデンの証言によりブタ箱入りになっていたマックス・キャディが帰って来た。幸せ一杯のボーデン一家を真綿で首を絞めるように苦しめていくキャディ。サミュエルは家族を守ることができるのか。

地味な展開。ジワジワとボーデン一家に迫るキャディは不気味であり、特に長女が危ないと思っていた。サミュエルは家族を守るにあたって、しばしば温い判断を見せる。これは絶対~になるよとこちらは思う。だが、なかなかそうはならない。地味だが、じわじわと胃に負担を与えてくれる。ここらあたりの匙加減が実にうまい。大きな動きはないのに読まされてしまう。
そして、家族を狙われたことによってサミュエルの信念はだんだんと揺らぎ、内面に劇的な変化が訪れる。この変化も自然である。
『濃紺のさよなら』の書評で、「ジョン・D・マクドナルドはアメリカ人のための作家だ」みたいなことを書いたが、本作も極めてアメリカ的な作品だと思う。そして、うまいとは思うが、私はこの作品が好きではない。作品の出来は7点以上だと思うが、6点。理由を述べるとネタバレになるので、以下ネタバレコーナーにて



ネタバレ
逆恨みから家族もろとも狙われる破目に陥った平均的なアメリカの男であるサミュエル。
これはごくごく普通のアメリカの男が逆恨みされ、追い込まれ、ついに窮鼠猫を噛んだ、そういう話のようにも見えるが、ちょっと違うと思う。
本作の原題はThe Executioners(処刑人)。この処刑人とは誰のことなのか。
最初はキャディがExecutionerなのだと思っていた。かなりえぐい展開が予想された。ところが、淡々と物語は進む。サミュエルの家族のことがじっくりと書き込まれ、キャディはあまり派手なことはしない。作者は読者をボーデン一家に感情移入させてから、ボーデン一家の料理にかかるつもりなのか。嫌な展開だなあと勝手に思っていた。
ボーデン一家の緊張は耐え難いレベルにまで達した。
ここで、サミュエルの内面に変化があり、犯罪者に怯えるだけの弱い男ではなくなる。
家族が狙われているとはいえ、この時点では死刑になるほどのことはしていないキャディをサミュエルは罠にかけて殺そうとする。警察もそれを容認するばかりか、よしよし応援するぞとばかりに人員を回してくれる。これは正当防衛といえるのか? 
日本だったら有り得ない話だと思う。しかし、アメリカには本作のような解決を容認する文化的な土壌があるように思える。アメリカ的価値観の勝利を描いた作品のようにすら思えてしまう。
また、途中サミュエルは小細工をもってキャディの排除を試みるも失敗するが、これなどは卑劣だと思った。
死刑制度は野蛮だから廃止すべきという意見がある。だが、アメリカやその他の国では逮捕時に被疑者を殺してしまう案件が多い。逆に日本では裁判にもかけられず殺されてしまう人間はまずいない。
※アメリカは死刑制度あります。



No.180 7点 失われた黄金都市- マイクル・クライトン 2017/08/10 00:05
ブルーダイアモンドの鉱脈を求めてコンゴの奥地に分け入った調査隊が全滅した。調査隊の撮影した映像にはゴリラに似た生物と奇妙な建造物が映っていた。
第二次調査隊が結成され再調査に向かうが、手話の使い手であるゴリラが一頭メンバーに加えられていた。

1980年の作品。原題は『Congo』かつてベルギー国王の私有地扱いをされ散々な目に遭ったアフリカのほぼ中央に位置する国。
高校生の頃に夢中になって読んだ作品。二十ウン年ぶりに読んでみたが、やはり面白い。
きちんと調べて書くのが持ち味のマイクル・クライトンだが、序盤は蘊蓄が悪玉コレステロールのごとくで物語の血流がイマイチ悪い。興味ある蘊蓄(ゴリラ系)は良いのだが、興味のない部分は読み飛ばしてしまった。そんなに支障はなかったりする。
中盤はまさに冒険小説。次から次へと襲い来るアフリカならではの困難は予想を大きく外れるものではないものの、丁寧に状況が説明されるためとても臨場感があって面白い。
終盤の謎の生物との絡みも多少???な部分もあったが、非常にスリリング。
まあ、ラストはこの手の話の常道ではあったが、それもまたよし。

気になった点
調査隊に手話のできるゴリラと動物学者、彼らを参加させる必然性が薄い。また、明らかにやばい展開になっているのに動物学者が大切なゴリラを継続参加させるものかも疑問。
まあゴリラがいなくちゃ話にならないのだが。
調査隊の主要メンバーである三名。マイクル・クライトンにしては人物造型を頑張ったとは思うが、この三名の関係がちょっとビジネスライクに過ぎる印象。これだけの冒険を共にこなしていくわけだから、好きにせよ嫌いにせよ、もう少し人間的な心情の交錯があって然るべきでは。
ちなみにもっとも魅力的なキャラはゴリラのエイミーだった。
エイミーは賢すぎるが、荒唐無稽ギリギリでどうにか踏みとどまっている。

冒険小説というと同時期によく読んでいたアリステア・マクリーンやジャック・ヒギンズが浮かぶが、本作のようなものが私にとっては理想の冒険小説。
その理由は作品の質ではなくて、女王陛下のユリシーズ号に乗艦するのもシュタイナ大佐とパラシュートで英国に降下するのもご容赦願いたいが、本作のアフリカ行には自分も参加してみたいから。

※邦題が「黄金都市」であらすじにブルーダイアモンドなんてあるので宝探し小説のように思えますが、そういう話ではありません。少なくとも黄金はタイトルにしか出てきません。


No.179 8点 アデスタを吹く冷たい風- トマス・フラナガン 2017/08/05 12:31
地中海に面した架空の独裁国家を舞台にしたテナント少佐ものは設定をうまく生かしてミステリを構築、物語性、ミステリ性ともに満足のいく四編でした。固めな文章、訳が古めかしいのもこの世界観と調和していて味わいとなっています。雰囲気は表題作がタイトル含めて最高ですが、アイデアとしては四作目の『国のしきたり』が好きです。現実にここまで遠回しなことをするものかと些かの疑問はあるものの、古典の応用トリックに設定と人物をうまく絡めて、さらには物語性も付加されて文句なし。
続くノンシリーズの二篇はまあまあ。
『もし君が陪審員なら』は奇妙な味の短編としてうまくまとまっていると思います。
『うまくいったようだわね』は友人の弁護士が加害者に最初から協力的でありましたが、その理由がよくわからないのが大きな瑕疵だと思います。そこを気にする話ではないのもかもしれませんが。
ここまで読んだ感想は「すべてテナント少佐もので固めてくれれば良かったのになあ」だったのですが、最後の『王を懐いて罪あり』が傑作だと思いました。これはテナント少佐ものと対抗しうる一篇。ラスト一行はゾクッときました。ミステリとして粗はあるかもしれませんが、こういったことが歴史の一幕として本当にあったのではなかろうかと、故に……そんな風に思いを馳せてしまいました。
ミステリ要素のみなら6~7点だと思いますが、設定や文体(好き嫌いが分かれそうではありますが)がミステリ部分と良い相互作用をもたらしています。

※私はポケミス版を持っているのですが、『王を懐いて~』は最初の頁の訳註がネタバレになっています。文庫版がどうなっているのかは? 
気を付けて下さい。自分は華麗に読み飛ばしていたので無傷でした。

No.178 6点 メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン 2017/07/30 18:40
とある施設で100人以上の子供が犠牲となる大惨事が発生した。その施設の建築に大反対する専門家が過去に意見書を提出していたことが判明し、その意見書を巡って本来は無関係だったとある政府高官が窮地に陥り、メグレに救いを求めた。

実際に当時フランスで起きた惨事を下敷きに書かれた作品だそうで、メグレものとしては珍しい試みです。この手の話だったら他の作家の手にかかればもっと複雑巧緻なプロットで、本の厚さも倍以上になりそうなものですが、シムノンはすっきりとまとめています。
いつものようにさほど驚きはありませんが、展開はスピーディーで読み易く、エンタメとしてなかなか楽しめる作品ではないかと。
メグレは窮地に陥った政府高官に好意を持ち、気のせいかもしれませんが、メグレの男気を見たような気がしました。悪役にもう少し深みが欲しかったかな。
この時期の作品としては心理小説的な側面薄く、個人的には少し変わり種な作品のように思っています。
『リュカは不満だった』と題された章では珍しくリュカがメグレに不満を露にしており印象的でした。メグレへの不満というよりもメグレのことを心配していたのだと解釈しておりますが。メグレはやはり、リュカ、ジャンヴィエ、ラポワントの三名を最も信頼しているようですし、この三名はもちろんメグレに忠実です。ただ、リュカだけはメグレのようになりたいという願望があるようです。

※本作は1954年の作品ですが、この年と翌55年は大当たり。本作の他に『メグレと若い女の死』『メグレ罠を張る』『メグレと首無し死体』の三作が書かれておりますが、いずれも傑作(私見では『メグレと政府高官』はもっとも読み易いが、ちょっとランクが落ちる)。私はこの二年間がメグレシリーズの頂点ではないかと思っております。

No.177 6点 黄色い恐怖の眼- ジョン・D・マクドナルド 2017/07/30 18:38
トラヴィス・マッギーの元へ、旧友グローリーから救いを求める電話が。彼女は金持ちの医者と結婚したのだが、彼の死後、70万ドルはあったはずの財産がほとんど無くなっていることが判明。一族郎党より疑惑の視線を向けられるグローリーは、身の証を立てて欲しいとのことだった。

1966年の作品。原題はOne fearful yellow eye
書き出しからしてうまいよなあ。描写が的確で引き込まれる。描写の順序も申し分なく、頭の中にすんなり入って絵が浮かびやすい。ただ、伏線がしこまれているわけでもなく、無駄といえば無駄な描写なのだが。
地味だがグイグイ読んでいける作品。人物像の変化が面白い。人物の書き分けもいい。色気は出さずに不要と思った人物は思い切って切り捨てる潔さ。男女の会話もいい。
中盤まではあまり動きがないが、動き始めてからの展開はスリリングで、黒幕の隠し方も、きちんと引っ掛かりを与えられていたので良し。ただ、欧米人の好きなあのネタはやや唐突か。自分は嫌いではないけど、ゲンナリする人もいそう。
それからラストはちょっと頂けない。伏線は張ってあったけど弁護する気になれないなあ。
しかしまあ、本当にマッギーはうるさい。特に終盤のスピーディーに話を進めて欲しいところでどうでもいい車の蘊蓄を語りはじめた時には「ちょっと黙っててくれないか、マッギー」と言いたくなった。ところが、困ったことにマッギーの一人称小説なのでそういうわけにもいかないのだった。
精神分析、LSDなど時代を感じさせるネタはやや古びてしまった印象あるも、きちんと調べて書いていると思われる。特にLSDに関して、服用者にただただわけのわからないことを言わせりゃいいと思っているいい加減な書き手が多い中で、統合失調症患者に似た独特の言い回しをうまく表現していると思った。
それにしても、アメリカの作家って精神分析好きな人が多いですな。
ちなみに自分が白眉だと思うのは、シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』の中にさりげなく仕込まれた精神分析の手法。

アイデアは並み。
プロットも並み。
しかし、読ませる技術が並みではないので、読者はまるで卓越したストーリーテラー(メイカーというべきか)であるかのように錯覚してしまう。チャンドラーとはまったく違った意味で『なにを書いても読ませてしまう作家』
描写が的確でわかりやすい。特にアクションシーンの書き方が丁寧でうまい。
そして、滑らかな筋運び。無理がないが、無駄(口)は多い。社会風刺、文明批判などの説教が好き。
深みはないが、平均的なアメリカ人を巧みに描く。
ここまで書いて、ふと思う。
先の書評でいささか乱暴な比較をしたが、この人ってジャンルでくくってロスマクやチャンドラーと比べるべき作家ではなくて、近い資質、方向性、小説観を持っているのは実はスティーヴン・キングではないかと。
キングの『ペット・セマタリー』の書評で、ほとんどの作家はキングのような書き方をすると失敗すると書いたが、では、失敗しない作家は誰なのか。ジョン・D・マクドナルドは有力候補の一人ではないかと私は秘かに思っている。ジョン・D・マックの方がキングよりはるかに先輩なので失礼な言い方かもしれませぬが。

No.176 5点 メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン 2017/07/23 14:15
強盗事件の容疑者ポーリュのアパート前で張り込みをしていたジャンヴィエ刑事が何者かに撃たれた。ジャンヴィエを撃ったのはポーリュなのか?
メグレはジャンヴィエの任務を引き継いで、問題のアパートの一室に泊まり込むのだが……。

本作では妹の看護のためメグレ夫人はパリを離れている。でかい図体を持て余したメグレが夫人の不在で途方に暮れてしまう導入が微笑ましい。そして、ジャンヴィエが撃たれて、このへんまでは快調。
ところが、読み進めるにつれて小説全体としてはいまいち完成度が低いなと。ミステリとして弱いのは平常運転だが、二つの事件の絡め方もいまいち。一旗揚げようとパリに出て来て失敗する田舎の若者、二人の人物を対比させようとしたのかもしれないが、鮮やかに決まっていない。
そもそも話の方向が散漫でテーマや作品の色合いがくっきりと浮かび上がってこない。なにがしたかったのかよくわからない作品。5点。

以下 私情
実は同じ時期に書かれた名作の誉れ高い『モンマルトルのメグレ(7点の予定)』よりもこの作品の方が好きです。
小説全体の完成度とは無関係なところで小説家としてのシムノンのうまさが炸裂しまくっていて、そこがたまらないからです。まあ、技術の無駄遣いといおうか、非常に燃費の悪い作品だと思います。
少しだけ挙げると。
観察しているつもりがいつのまにか観察されているメグレ。強盗事件の容疑者を父親のような視点で見てしまう息子が欲しくてたまらなかったメグレ。世界には善人しかいないかのような話しぶりのアパートの管理人。ポーリュ逮捕の切っ掛けと経緯。
そして、ジャンヴィエを撃った犯人とメグレの電話での会話がいい。
犯人「こっちには、服を着替えて空港にゆき、国外にいく飛行機に乗る時間はありますよ」
メグ「そうするがいいさ」
犯人「逃げても構わないんですか?」
メグ「かまわん」
駆け引きなんですねえ。そして、妥協点を探す二人。だが、彼らにはとある共通の目的があったりする。泣ける。
なぜ部品は素晴らしいのに組み立てに失敗する?
作者が「ストーリーには興味がない」とか言ってるからだ!

メグレをわかりやすく示す場面があったので引用して終わります。
ホームズの「アフガンに行ってましたね」との違いは明白です。
メグ「植民地にいたことがあるのかね?」
犯人「どうしてわかります?」
 説明するのは難しかった。言葉では表現できないなにかが感じられるのだ。顔色にも、眼つきにも、この種の早い老けこみにも。いまではメグレには、相手が四十五歳をこしていないという確信があった。


No.175 7点 ゴーリキー・パーク- マーティン・クルーズ・スミス 2017/07/18 21:04
ゴーリキー公園で顔のない男女三名の死体が発見された。事件の背後にカゲベ(KGB)の影も仄見える中、民警の捜査官レンコは真相を追及していく。そして、ソ連社会の闇と対峙することになる。

ハンガリーが当時自殺率世界第一位を誇っていたのは(元々の民族性もあるようですが)、ソ連の闇に呑み込まれていたからではないかと。
なぜか本作を中井英夫氏がボロクソに貶していた。曰く「本当にこれほどつまらない小説は昨今、後にも先にも読んだことがない」
いやいや、面白いじゃないですか。
上巻は閉塞を感じさせる気候風土社会状況のソ連をリアルに描いている点は興味深いが、それ以外は水準作といった印象。下巻は想定外の展開でかなり面白い。うねうねと手元から逃れていく鰻のような作品。徐々に話のスケールが大きくなったかと思えば、うねうねっと後半でわけのわからない方向へ歪む展開は好み。ジャンル分けし難い点は個人的に好印象。
レンコの上司の一貫性の無さ(敵なのか味方なのか?)や犯人が判明しても……などなど、共産主義体制下だからこそ起こる数々のエピソードが興味深い。
作者は本当にアメリカ人なのか? ちなみに本作に出てくる人物で一番醜いのはアメリカ人だったような気が……。

※悪口は『中井英夫――虚実の闇に生きた作家』より。関係ないけど同じ本の中で仁木悦子にもかなり酷いことを言ってました。

No.174 7点 ビッグ・ヒート- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/07/18 20:57
刑事がピストル自殺を遂げた。警部補バニアンは不審に思い独自に捜査を開始するが、上層部より捜査の中止命令が。シカトするバニアン。馘首されるバニアン。それでも諦めないバニアン。さらには狙われるバニアン。ところが、バニアンを狙った罠で妻が身代わりとなって命を落としてしまう。

マッギヴァーン初期の秀作だと思います。とにかく面白い。期待通りに話が進む。マッギヴァーンは悪徳警官ものの印象が強いのですが、その狭間にこんな熱血ヒーローものも書いていたようです。てか、私が知らないだけで、この人は意外と芸の幅が広いのか。
プロットはとにかく一直線。シングルセル、シングルセル、鈴が鳴るという感じ。
とてもよくできています。ややこしいことをしていないので、話が自然に流れて大きな瑕疵はありません。まあ、もう少し主人公を追い込んでもよかったかも。この手の話では主人公が孤独な戦いを強いられそうなものですが、ぜんぜん孤立してない。都合よく味方が現れる。
ちょっと単調な気もしますが、痛快だったので7点としておきます。

No.173 8点 ペット・セマタリー- スティーヴン・キング 2017/07/18 20:17
大学時代に読んだのだが、上巻を読み終えた時点でボロボロと涙がこぼれ落ちたことを憶えている。下巻でなにが起こるのかは、はっきりとわかった。
面白い小説は、先が見えていても面白い。無駄に長くても面白い。
キングの方法論、成功した理由はなんとなくわかる。
アイデアがずば抜けているというわけではなく、人物造型も平均点は軽々超えるが、トップクラスとまでは思えない。
ただ、登場人物の人生、物語を束ねて大枠のプロットの中に仕込む。
そのやり方を真似るとたいていの人は失敗するというのもわかる。
キングはITまでしか知らないが、最高傑作は本作かもしれないと秘かに思っている。
下巻で起こることがあまりにも忌わしく、どうしても好きとは言えない作品だが、もっとも心を揺さぶられたのはきっとこれだろうと思う。主人公の行動について、「おい、それはやっちゃダメだろう」と何度も何度も思う。それでも、「愚かだな」と切り捨てることはできない。自分も同じことをしてしまうだろうと思う。
あまりにも切実であまりにも自然な願いを平然と踏みにじる小説だ。
上巻は何度か読み返した。だが、下巻は二十年以上前に一回読んだきり、どうしても読み返す気になれない。

No.172 6点 ゴーストハウス- クリフ・マクニッシュ 2017/07/10 11:28
「どうしてぼくたちが天国に行けないか知ってる?」
その古い家では四人の子供の幽霊がおばさんの幽霊に監禁されている。そこへ母と二人で引っ越してきたジャック。この家では一体なにが起きているのか。
お母さんは気づかない。でも、ジャックは気付いてしまった。

暑いので涼しくなるような本を。訳は『蛇にピアス』のお父さんです。
不思議な読み味があります。その理由は未だによくわかりません。
子供向けの作品らしいのですが、こんなん子供の頃に読んでいたなら一か月くらい排尿障害に陥っていたのではないかと。私はビビリなので大人になってから読んでも結構こわかったくらいです。
子供の幽霊たちは自力で素早く動くことができない設定なんですが、彼らの焦る気持ちがこちらにも伝わってきてなんとももどかしい。お尻がムズムズするような状況が満載でした。
幽霊の生前の哀しい物語なんかはお決まりのパターンのようでありますが、そういった定型的な筋運びに留まらず、作者の想像が飛躍していくさまが素晴らしい。ただ、素晴らしいとはいっても、その想像力は読者に痛々しい、怖い、哀しいといった感情をもたらすわけですが。
小説ならではのぶっ飛んだラストはぶっ飛び過ぎだとの批判も大いにありましょうが、個人的にはスコーンとどこかに持っていかれるような感覚が好きでした。
原題 Breathe

No.171 6点 黄色い犬- ジョルジュ・シムノン 2017/07/02 13:59
メグレ警視シリーズの初期作では、最初に読んだのはこれでした。
創元から出ていた『男の首』と本作がカップリングになっている入手し易いやつです。
なんとなく導かれて収録順を無視し『黄色い犬』から先に読んだのですが、ちょっと面喰らいました。
それまで読んできた作品はメグレの身辺の描写から始まるものばかりでしたが、本作は港町の寂寥とした風景の描写から入り、いきなり事件です。
この後も町の外れで暮らす浮浪者、そちこちに現れる不気味な犬、失踪する新聞記者と思わせぶりな材料が並び、あれ、今回のメグレはミステリなんだなと変な感じでした。
メグレシリーズはミステリの基準では測りにくい作品ばかりなんですが、本作は否応なくミステリの土俵に上げられてしまう。そうなってしまうと、まあそれほどのものではないという評価で6点くらいに落ち着く作品でしょうか。
チム・チム・チェリーと化したメグレにはポカーン。どのような思考過程を経てそんなことをしたのかさっぱりわかりませんでした。

メグレシリーズを真剣に読みはじめた頃は中期以降の作品を手にすることが多かったので(なぜか初期作品は手に入りにくかった)、初めての初期作品はある意味新鮮でした。
自分はメグレ警視が人情家とは思っておりませんでした。いや、人情はあるのですが、それは眼差しに集約され、行動で示したりはしない。職務に忠実で私情は排し、為すべきことをなす人物だと考えていました。ところが、本作ではメグレは情に掉さし具体的な行動を起こします。なぜあの人物にそこまで肩入れするのか。今まで読んだ作品に出て来た可哀想な人たちとどこかが違うのか。よくわかりませんでした。
そして、ハッピーエンド!!!
これまた珍しい。個人的にはちょっと不思議に思う作品です。
もちろん嫌いではありません。

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