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平均点:6.94点 採点数:208件

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採点傾向好きな作家

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No.208 8点 弁護側の証人- 小泉喜美子 2017/12/23 10:26
シンデレラを下敷きにしたとされている作品です。
数日前にE-BANKERさんが若竹七海女史の書評を書かれており、さらにビビデバビデブウについて触れてしまうと(拙書評11枚のトランプ参照)、やはりこの作品のことも書かねばなるまいと思い立ちました。
だがしかし……
重い話ではあるけれど、語りにはどことなく軽さがあって、あまりベタベタはしていない。粉雪のような作品という印象。非常に繊細で、ちょっと手を加えるとすぐに毀れてしまいそうな、裏を返せば完成度の高い作品。
各人がみな納得のいく行動をしているのにも関わらず、不可解な現象が起こる。この自然さは読んでいて非常に心地よい。
真相はクリスティの超有名作かなあと思っていたのですが、見事にハズレでした。
社会派ミステリでこういう仕掛けを施しつつ、重い話を軽快に書けるセンスはなかなかのもの。作者はクレイグ・ライスを訳しているのですが、クレイグ・ライスが大好きなんだなということはよく伝わって来るが、クレイグ・ライスのなにが良いのかがぜんぜん伝わってこない解説が印象的でした。それはともかく、影響は感じられますね。完成度高く粋な小品(長編としては)です。最初から最後まで息を詰めて読み続けておりました。

本作の事件、現在なら死刑判決はあり得ないでしょう。
量刑が死刑か無期しかない尊属殺は現在では廃止されております。
廃止の端緒となったのは、どうしようもない父親を耐えて耐えて耐えた末に殺害してしまった女性の事件でした。

No.207 7点 11枚のとらんぷ- 泡坂妻夫 2017/12/23 10:24
奇術に魅入られた人々を軸にして凝った構成で愉しませてくれた作品でした。
評価が分かれるのは理解できます。本筋の殺人事件は無理が目立ちます。特に殺す必要があったのかは大いに疑問です。また、他にあのことを知っている人間がいるのか確かめたかったと犯人が考えたのはこの場合は当然のことですが、そのための小細工はいいちこさん御指摘のとおり大いに疑問有ります。
また手品に関しての不要な部分が多すぎるのは事実でしょう。自分は楽しく読んだのですが。騙す快感、騙される快感、仕掛けを見破るための思考過程(自分はいつも消去法をメインとしております)など奇術とミステリは親和性が高く、作中作に関しては短編ミステリとして、奇術の仕掛けを見破る愉しみもありました。
人物の書き分けは二組の日本人夫婦(特に夫)に関してやや混乱がありました。人物描写はある程度捨ててしまって問題のない作品だと考えておりますが、各人の奇術への傾倒ぶり、その姿勢の違いはもう少し丁寧に書いて欲しかったかも。麻雀にはその打ち手の人生観のようなものが如実に表れると思うのですが、本作では奇術を通じての人物描写をもう少し試みて欲しかったように思います。フィロ・ヴァンスのような心理的推理がけっこう好きなものでして。
幻の奇術師が絡んでの事件全体の構図はけっこう好みです。
奇術の世界大会?の場面が愉しそうでとても良かった。
白状してしまうと、「ビビデバビデブウ」は愛い奴とまでは申せませんが、なんとも憎めない奴ではあります。子供の頃に従妹がよく替え歌を歌っていました。


No.206 6点 人間の尊厳と八〇〇メートル- 深水黎一郎 2017/12/23 10:22
傑作が一篇 良作が一篇。他は水準、もしくは水準以下。
深水氏にはどうしても高い水準を求めてしまうので、やや不満の残る短編集でした。

人間の尊厳と八〇〇メートル 7点 
良作。やはり、ダールが思い浮かびますね。八〇〇メートル走こそ人間の尊厳が試される競技であることに異議ありません(笑)。理屈っぽいようでいて理屈を超えたところに着地する。クールでウェットなこの読み味はまさに典型的な深水作品だと思います。

北欧二題 8点と5点
『老城の朝』『北限の町にて』 の二篇を併せて一篇としたもの。
『花窗玻璃 シャガールの黙示』と同じようにカタカナ表記を捨てて書かれています。漢字に拘ることによって奇妙な異国感が生まれています。
『老城の朝』は本短編集中のベスト。素晴らしい。反して『北限の町にて』は平凡な出来でした。二篇を切り離して二つの短編として欲しかったところ。

特別警戒態勢 5点
動機はまあまあ面白いのですが、どうにも既視感ある話で意外性も乏しい。

完全犯罪あるいは善人の見えない牙 5点
アイデアはなかなかいいし、よくまとまっていますが、なぜか面白みに欠ける。どうにも小説を読んだ気がしない作品でした。語り口に工夫の余地ありか。

蜜月旅行LUNE DE MIEL 6点
ミステリではないが、これは面白かった。バックパッカーの旅慣れたことによる不自由さは自分も感じたことがあります。所得水準が違うんだから、ちょっとくらいぼられてもいいじゃん、自分も大昔インドでそう思いました。

No.205 8点 11の物語- パトリシア・ハイスミス 2017/12/03 16:21
登場人物の心の動きを強制的に追わされて、いつのまにか彼らを理解してしまう。この理解が感情移入という域まで達してしまったとき、このうえなく不愉快な世界が読者を待ち受けています。 
『すっぽん』は、感情移入してしまいました。本当にきつかった。

かたつむりの話はわけがわかりませんでしたが、これって人間などという下らない生物は、かたつむりの餌にでもなってしまえばいい。そんなハイスミスの反人間主義が素直に表出しただけなのでは、なんて勘繰りたくなります。

軽々しく使いたくはない言葉ですが、この人はある種の天才だと思います。



No.204 7点 どんがらがん- アヴラム・デイヴィッドスン 2017/12/03 16:12
河出書房より奇想コレクションの一冊として出版されたアヴラム・デイヴィッドスンの短編集。ファンを自認する故殊能将之氏が原文で100編以上を読んだうえで選出したそうですが、そこまでの努力をして、ファンサイト(現在は消滅)まで立ち上げたわりに殊能氏の解説は淡々としており、好き好き大好き超愛してる感は希薄だった。一言でいうと収録作は『変な小説』ですと。変な中に語り口で読ませるタイプ、奇想で読ませるタイプ、感情を揺さぶるタイプなどなどあって、ここに異国趣味や衒学趣味が入り混じる。
デイヴィッドスンは雑誌の編集長時代に星新一の『ボッコちゃん』をアメリカに紹介した人でもあるとのこと。

個人的にはそれほど変だとも難解だとも思わなかった。わかりにくい作品は半分もない。わかりにくいと思われる作品もよく読めばわかるように書かれている。理解を拒んでいる(ように思える)作品は『尾をつながれた王族』『ナポリ』あたりか。掲載順が良かったのかもしれない。前半に判りやすいものが並んでいて、四作目あたりから徐々に奇想系、解読不能系が姿を現してくる。最初に『ゴーレム』を読まされるのと『ナポリ』を読まされるのとでは印象がかなり変わるだろう。

『さあ、みんなで眠ろう』
技巧的には特に目を惹く点はない。ただただ感情を揺さぶる。大好きだ。
『ラホール駐屯地での出来事』
解説を先に読んだ方がいいかもしれない作品。キプリングの詩を下敷きにしており、その詩を知らないと意味がよくわからないという困った一品。
『クィーン・エステル、おうちはどこさ?』
少数意見かもしれないが、これが一番好き。 
『そして赤い薔薇一輪を忘れずに』
本短編集でもっとも秀れた作品ではないかもしれないが、もっとも忘れ難い作品。デイヴィッドスンの作家性が凝縮されていると思う。最後の一行を読んだ瞬間、タイトルにニヤリ。
『ナポリ』
正直なところ、まったくわからなかった作品。
殊能氏の解釈がなかなか面白い。映画的な作品であり、ラスト一行はカメラに向けた指示のようなもので、この後カメラがナポリの街並みを映し出すことを想定しているのではないかと。なるほど、言われてみれば。
『すべての根っこに宿る力』
無茶な動機を設定で納得させるミステリ。うまいなあ。
『どんがらがん』
滅茶苦茶面白い。

収録作 
ゴーレム 
物は証言できない 
さあ、みんなで眠ろう 
さもなくば海は牡蠣でいっぱいに 
ラホール駐屯地での出来事 
クィーン・エステル、おうちはどこさ? 
尾をつながれた王族 
サシェヴラル 
眺めのいい静かな部屋 
グーバーども 
パシャルーニー大尉 
そして赤い薔薇一輪を忘れずに 
ナポリ 
すべての根っこに宿る力 
ナイルの水源 
どんがらがん

殊能さんには海外作品をもっと紹介して欲しかった……。
もちろん作品ももっと読みたかった。
夭折が本当に惜しまれます。

No.203 6点 老人と犬- ジャック・ケッチャム 2017/12/01 20:47
愛犬を殺害された老人が自分の正義を貫こうとする話。
老人の「復讐」と言えば簡単だが、その言葉に多少の違和感がある。
老人はきちんと謝罪すれば相手を許していたように思えるが、相手が非を認めないためだんだん話が大きくなっていく。老人は数えで68、もしくは69歳。昨今ではこのくらいの年齢だと元気な人がいくらでもいる。戦闘能力も生殖能力も平均をやや上回るだろうが、リアリティは保たれている。文体も老人らしさがある。
プロットは平凡そのものだが、小説としてどこか歪みがある。引っ掛かりがある。独特の読み味と滲み出るような狂気があり、本作を非凡なものにしている。
敵があまりにも愚かだと白けるが、本作はなぜかその点が気にならなかった。主人公の行動もあまり合理的とは思えず、ラストもどこか不条理なように思えた。本書を爽快だとする感想も目にしたが、私はそうは思えなかった。
採点は6点だが、それ以上に楽しめた。
原題は『RED』

ケッチャムは『隣の家の少女』『オフ・シーズン』そして、本作を読んだが、他人様にお勧めできるのは本作しかない(私見)。優等生ではないがエンタメとして普通に楽しめる。『オフ・シーズン』『隣の家の少女』は正直辛かった。エンタメとしては楽しめないし、とにかく疲れた。が、駄作ではないと思う。

No.202 8点 奇妙な味の小説- アンソロジー(国内編集者) 2017/11/23 15:15
幻想小説名作選と並んで入門に最適な奇妙な味の小説集。どれも良質の短編。
個人的には『勝負師』という作品が忘れがたく、未だに好きな短編TOP5に入っている。

暑さ(星新一)
秘密(安岡章太郎)
さかだち(柴田錬三郎)
うまい話(結城昌治)
召集令状(小松左京)
思いがけない旅(河野多恵子)
わが愛しの妻よ(山田風太郎)
スパニエル幻想(阿川弘之)
勝負師(近藤啓太郎)
暗い海暗い声(生島治郎)
二重壁(開高健)
手品師(吉行淳之介)
脱出(筒井康隆)
黒猫ジュリエットの話(森茉莉)
白夜の終り(五木寛之)
夢の中での日常(島尾敏雄)

No.201 8点 幻想小説名作選- アンソロジー(国内編集者) 2017/11/23 15:06
日本ペンクラブの名作選シリーズの一冊。幻想小説を集めたアンソロジー。発売当時は現役作家の作品が半分といったところだったのでしょうが、今となっては現役作家はほとんどいない……。いわゆるイメージ通りの幻想小説ど真ん中の作家は少なくて、作品的にも少しホラーに寄ったものが多い印象ですが、作品の質は総じて高い。いわゆる文豪の変化球的作品が楽しめるのも良し。
本作に限らず日本ペンクラブのこのシリーズは「入りやすくて味わい深い」短編が多く紹介されております。中でもこれは自分の読書人生に大きな影響を与えた一冊でした。特に中井英夫を知ることができたのは大きかったです。
※以前書評した『捕物小説名作選』もこのシリーズの一冊です。

収録作
「夢十夜」夏目漱石
「眉かくしの霊」泉鏡花
「柳湯の事件」谷崎潤一郎
「西班牙犬の家」佐藤春夫
「片腕」川端康成
「魚服記」太宰治
「おとしばなし」石川淳
「恐怖屋敷」柴田錬三郎
「黒いゴルフボール」源氏鶏太
「百メートルの樹木」吉行淳之介
「蜘蛛」遠藤周作 
「待つ女」小松左京
「骨餓身峠死人葛」野坂昭如
「暗い海暗い声」生島治郎
「母子像」筒井康隆
「牧神の春」中井英夫
「風見鶏」都筑道夫
「ボール箱」半村良


No.200 6点 灰色のためらい- エド・マクベイン 2017/11/12 21:14
手作りの木工品を売りにニューヨークに出て来たロジャーは下宿屋で目を覚ます。
冬のニューヨークは寒い。木工品はよく売れた。母さんは元気にしてるかな。
あ、そうだ。警察に行かなけりゃいけないな。

87分署シリーズ最大の異色作。そもそも87分署シリーズを名乗る資格があるのかってくらいの作品。87分署の刑事は幾人か登場するも、能動的に動くことはない。
ロジャーがなぜ警察に行かなくてはならないのかが、良く言えば腰の入った文章でじっくりと描かれる。悪く言えばウダウダグジグジ優柔不断なロジャーに付き合わされる。「この野郎いい加減はっきりしろ」と怒鳴りつけてやりたくなるも、いつのまにか引き込まれている。そして、結論が先延ばしにされることを望んでさえいる自分に気付く。だが、ロジャーの不可解な一面と警察に行かなければならない理由が少しずつ明らかにされてしまう。
意外性はあまりなくて、起伏も少なくエンタメとしては弱い作品かもしれない。
それでも個人的には好きな話で、マクベインの違った持ち味、うまさを感じられたのも収穫だった。そつなく書くだけの作家じゃないんだなあと。ただし、オチはどうも気に入らない。

やっぱり会話が自然でうまいなあ。別に気の利いたセリフもないただの男女の会話の中に登場人物の息遣いが聞こえる。
海外、特にアメリカの作家は会話がうまい人が多い(ような気がする)。
日本人作家が海外の作家に劣る点があるとすれば、それは会話だと思っている。無理をしている感じがしたり、ただひたすらつまらなかったり、ひどく不自然だったり。
※あくまで個人の印象です。また、日本の作家が海外の作家に劣るなどとは微塵にも思っておりません。

No.199 6点 真夜中へもう一歩- 矢作俊彦 2017/11/12 21:06
~確かなことが、二つだけあった。目の前に坐ってトム・コリンズを飲んでいる男があまりに馬鹿なことを頼んでおり、彼が私の古い顔見知りだということだ。~本書書き出し

旧知の横浜医科大学の教室員から二村永爾に調査の依頼があった。大学の遺体安置所から遺体が消えた。仏は医大生であり、学生の関与を疑ったその教室員は二村に遺体探しを依頼する。二村は仏の友人である医大生を訪ねるが、その数日後に遺体は元の安置所に戻っていた。

本職が刑事(とはとても思えない)で休日だけ探偵化する二村永爾シリーズの二作目。このシリーズは原寮どころではない遅々としたペースで書き継がれている。三十五年間で四作。横浜が舞台なのが個人的には嬉しい。かつてアメリカのいた横浜。洋食屋のオムライスやアップルパイが美味かった横浜。
前作『リンゴォ・キッドの休日』、次作『ロング・グッドバイ』の間に挟まれてやや地味な印象もある本作だが、なかなか読ませる。文体、会話、街の雰囲気、ハードボイルドが好きな人なら充分楽しめるのではないかと。
チャンドラーの影響をもろに受けている作家の一人で、文体はもとより筋立てをいたずらに錯綜させてしまうところまで似ている。
文章はいい。日本のチャンドラー(清水訳)フォロワーの中ではトップクラスではないかと思っている。個人的には前に書評した原寮よりも矢作の方がうまいと思っている。
しかもこの人は年を食うにつれてどんどんうまくなっている印象がある。後年の作に比べると本作の文章はかっこつけ過ぎてやや滑っているところも見られる。
筋立てには無駄が多く、無駄なキャラも多いのだが、その寄り道も楽しい。こういうところ含めて大好きな『さらば愛しき女よ』に似ている。
ただ、いまいち決定力に欠けるのも事実。「チャンドラーを読めばいいんじゃない?」と問われると、返答に詰まってしまうところはある。
これが結城昌治だと「ロスマク読めばいいんじゃね?」とはならない。
それでも私は矢作を読みたくなることがある。

No.198 7点 アメリカン・タブロイド- ジェイムズ・エルロイ 2017/11/01 20:41
悪い奴やちょっと悪い奴やすごく悪い奴がケネディ一家の周囲に群がる。金、殺し、情報、利権が飛び交い、大きな渦となって一つの時代を作りつつあった。裏切り、そして、三人の男たちが、アメリカ史上最大の殺しに向けて動き始める。

『アメリカが清らかだったことはかつて一度もない』
エルロイファンには有名なこの一文で幕を開ける、アンダーワールドUSA三部作の第一作目。
ロイド・ホプキンズ刑事三部作の書評をちまちまと始めようかと思っていたのですが、トランプ大統領がツイッターでJFK関連の機密資料を公開するとか言い出したので急慮本作を。
シリーズがLAからUSAと変わり、そのとおりに物語のスケールは大きくなります。エルロイには国家とかそういう大きな話はして欲しくなかったのですが、予想に反してかなり面白かった作品です。エルロイ入門編としても悪くないかもしれません。
ノビー(落合信彦氏)の諸作ではケネディ兄弟=アメリカの英雄でしたが、本作では弟はともかく兄は女好きの日和見主義者でしかない。
アメリカの正義といえばまずはケネディ神話が思い浮かびますが、その神話を粉砕する話です。
またしても主要人物は三名で、そのうちの一人の造型が今までに見られなかったパターンでユニーク。三人の力関係の移り変わりも興味深く、脇を固める連中も相変わらず面白い。
特に良かったのは、歴史的事実を踏まえながら、ケネディへの憎しみがいかに醸成されていったのかを丹念に描いているところ。マフィアとかCIAとかではなく、個人レベルの憎しみを大きな渦へと変換していく。
また諜報、殺しの世界におけるプロの不安定さ。時計のように仕事をこなす組織の歯車ではなくて、良くも悪くも人間としての不確定要素をきちんと描いているところ。
さらに特記すべきこととして、あの人物が登場しない。JFK暗殺を描いた作品で、この人物が登場しないというのは前例があったのでしょうか。これは解説を素直に読めばドン・デリーロが同じ事件を描いた作品『リブラ~時の秤』にエルロイが『やられてしまった』からだと思われます。
ケネディ大統領誕生~暗殺までの流れをまったく知らない方は実在、架空の人物の区別、なにが事実でなにが創作なのかが非常にわかりづらいかもしれません。
ケネディを単なる一人の人間にまで引きずりおろしたのは良しとして、その手法がワイドショー的でやや安易だったのが少々気になりました。 
どの部分が事実かと頭を捻るよりも、JFK暗殺において裏でこのような暗躍があったのかもしれないなあと、そんな風に楽しむべき作品でしょう。
そして、USA三部作はエルロイ第二の頂点(私見)『アメリカン・デストリップ』へとなだれこみます。
個人的にはLA四部作の方が好きなので、本作は7点としておきます。


No.197 7点 - 北方謙三 2017/11/01 20:37
とある自由業から足を洗い、小さなスーパーを経営している滝野和也だったが、悪質な嫌がらせに遭い、それに対処しているうちに過去の荒ぶる血が甦り、過去が自分を引き戻そうとしていることにはっきりと気付いた。

文章はいい(とりわけ好きというわけではありませんが)。導入がいい。この導入がダメだと感じる方はおそらくこの作品は合わないでしょう。エンタメとしてつまらない部分がほとんどない。人物は重要度に応じて相応に書き込まれ書き分けられている。プロットはやや一貫性に欠けるも最初から最後までテーマに沿って描かれ、テーマに貢献し、結果的にそれが成功している。刑事の視点が存在していることで物語にさらなる厚みが加わった。
主人公の行動に理解し難い部分が多々ありますが、これは物語のテーマ上そうでなければならないし、瑕疵ではないと考えます。
主人公が最後に「○○」と、呟くが、これはいくらなんでもくどいし不自然。
もう少し読者の読解力を信頼していいのでは。
気になるのはうまさが少し鼻につくところ。綺麗にまとめ過ぎてしまったのではないかと。
それから、どうしても古臭さがつきまといます。暴対法施行前の臭いがプンプン。初読時にはそれほど古いとは感じませんでしたが、今回の再読では……。自分が知っている時代、知っている感覚が描かれているせいかもしれません。
北方ハードボイルドは忘れられた存在になりつつありますが、あと十年もすれば再評価の機運が盛り上がるのではないかとそんな風に思っています。

No.196 7点 郵便配達は二度ベルを鳴らす- ジェームス・ケイン 2017/10/28 15:30
ミステリとしては6点。小説としては8点。
犯罪を枠にした愛と逸脱の物語だと考えております。エンタメとしては殺人保険の方が上だと思いますが、小説としてはこちらの方が好きです。
子供の頃から作品名はしばしば耳にしたことがありましたが、内容はまったく知りませんでした。母は「いやらしい小説」だと言ってました。
高校時代に書店で見かけて手に取ると、裏表紙に~ハードボイルドの名作~とありました。これってハードボイルドだったのか! 当時チャンドラーにかぶれていた私は即購入。
序盤は退屈に感じましたが、徐々に面白くなっていって、ラストでは強い衝撃を受けました。
感動といってもいいかもしれません。ただ、奇妙なインパクトを与えてはくれたものの、これはぜんぜんハードボイルドではないし、全体としてはそれほど面白いとは思いませんでした。
数年後『俺たちに明日はない』という古い映画を観たときに『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』との共通点(テーマが同じだと感じた)に思い至りました。
それから何度か読み返しましたが、若い頃は退屈だと感じた序盤が年を経るごとにどんどん好きになっていきました。最初の二十頁ほどで人物の性格がほぼ描かれ、物語の先行き、テーマも暗示されています。会話も素晴らしい。怖ろしいくらいニュアンスに富んだ書き出しで、この序盤は理想的な一人称文体の一つだとさえ思えてしまいます。

私の持っている本作の版は巻末に『私の小説作法』なるケインのエッセイが掲載されております。非常に興味深いものでした。一部抜粋します。
~私はタフであるとか冷酷であるとか、ハードボイルドであるだとか、そういった文体を試みたことは一度もない。その登場人物であればそう書くであろう文体で書こうとつとめているだけのことである。~
~物語に関心を持たせる前に、登場人物に関心を持たせなくてはいけない。~

レイモンド・チャンドラーの御言葉
「私はケインが嫌いです。汚いものを書くのはいいんです。ケインはそれを汚く書くのです」
チャンドラーの「嫌い」を自分はあまり真に受けていません。
チャンドラーは「自分もやってみたいけどできない」ことを「嫌い」だと表現しているように思えてならないのです。
「ミステリは馬鹿馬鹿しいから嫌い、ヒッチコックはとにかく嫌い、ケインは汚いから嫌い」
でも、おまえ詳しいじゃん。どう思います?
※私はチャンドラー大好きです。

最後に邦題について
『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』がベストだと思います。

No.195 8点 鏡の中は日曜日- 殊能将之 2017/10/18 07:56
仕掛けが多くてわけがわからなくなる。凝りすぎにして(ミステリを)愛しすぎな作品。
ミステリを破壊しつつミステリの形式美を再確認するといういささかの矛盾を孕んだ作品です。
キモは作中の以下のセリフだと考えています。長いので一部を抜粋します。
「形式によって生じる美や意味というものがあるんじゃないでしょうか。まったく自由奔放に書くことが、はたして想像力の発露といえるかどうか、わたしには疑問ですね」
「孤高の詩人とファッション好き、この二つは対立するものじゃなくて、その総体がマラルメという人物だったんじゃないか……」

言葉の意味は不明だが形式には忠実、こういう詩は美しいといえるのでしょうか。
さて、では、リアリティはなくて、ミステリの遊戯性、論理性には忠実な本作の動機をどう評価しましょうか。
一般的な見地では、本作の動機は無茶苦茶だと思います。
「そんなことで人を殺す奴なんかいるか!」作中のとある人物も言ってます。
ですが、ミステリの形式美に背いてはいないように思えるのです。ミステリとしては美しい。
本作の各所に見られるリアリティのなさ、ご都合主義は問題にしません。
(問題にするという御意見も至極当然だとは思います)
本作はミステリについて考察するためのミステリともいえるからです。
むしろ、動機にリアリティがないほうが合目的性があるとさえ自分は考えます。
本書について惜しむらくは、ケレン味のなさ。いまいちインパクトが弱い。
ついでに、『鏡の中は日曜日』このタイトルは素晴らしい。

No.194 6点 アイガー・サンクション- トレヴェニアン 2017/10/16 00:25
大学教授のジョナサン・ヘムロックは絵画の蒐集という金のかかる趣味のため、殺しを副業としている。ジョナサンはいつも同じ人物から報復暗殺(サンクション)を専門に請け負っている。今回の依頼は曖昧模糊としたものであった。標的はアイガーの北壁に挑む登山パーティーの中にいるが、名前はまだない。山登りしながら標的をみつけて始末せよと。
そんな依頼ではあったが、どうしても欲しいピサロの絵の購入費用のため、そして、かつて敗れたアイガー北壁に再びチャレンジしたいと、ジョナサンは困難なサンクションに挑む。

トレヴェニアンのデビュー作。面白い面白くないで言えば、面白い。だが、完成度はあまり高くなくて高得点はつけにくい。いかにもデビュー作らしく、自分好みの要素を詰め込み過ぎてまとまりがなくなっている。どうでもいい部分に凝り過ぎていたり、前置きが長くて無駄も多かったり。いくつか例を挙げると、ドラゴン(ジョナサンに指令を出す人物)の造型にやけに力が入っているが、あまり意味がない。ジェマイマのエピソードは格別面白くもなく本当に無駄に思えた(これは好みの問題ですが)。
そして、本作の最大の問題は極めて魅惑的な状況を捻出したもののかなり無理があるところ。
すなわち殺しの現場はアイガー北壁、標的は未知。危険な岸壁に挑みながら、標的を探し、殺さなくてはならない。しかも標的に自分の正体を知られている可能性まである。こんな難易度の高い殺しの依頼を受けますかね。そもそもこの状況で依頼しますかね。
全体の流れ、構成もあまりうまいとは思えない。本作はヘタウマ度が高いと感じる。
つまり、つまらなくはない。筆力はあるし、他にも魅力は多々ある。
経験知識に裏打ちされたリアリティ溢れる描写、登山の準備、特にアイガー登攀シーンが素晴らしい。作者の冷徹な人間観察によるものなのか、作者が変人ゆえなのか、人間を判断したり評価したりするのに独特の視点を持っている。設定盛り過ぎのきらいはあるも癖のある人ばかりで楽しい人物造型、特に庭師が笑える。大したことのない(単純な)プロットを魅力的な場面で盛ってある楽しさ、などなど。
読む人を選ぶところもある作家だと思うし、人によって評価する作品も異なりそうではあるが、小説を書くのは教養人であり趣味人でもあるトレヴェニアンの余技なので、本人が愉しければそれでいいのであります(勝手な想像です、すみません)。いや、ジョナサン・ヘムロックと同じく、高価な絵を買い漁っているので副業が必要だったのかもしれません。
作中、広島、長崎への原爆投下をさりげなく非難しているセリフがあったが、作者は原爆投下後の広島にしばらく滞在していたことがあるそうだ。この日本滞在が後に『シブミ』を書かせる原動力となったのであろう。

No.193 6点 領主館の花嫁たち- クリスチアナ・ブランド 2017/10/09 19:39
病弱で精神にも異常のあった奥さまが天に召されたアバダール屋敷に家庭教師として招かれたテティ。知性溢れる聡明な女性であったが、身も心も傷を負っている。そんな彼女に懐いてくる美しい双子の姉妹。だが、この屋敷には忌わしき呪いがかけられていた。
じわじわと忍び寄る怪異、そして、テティは不吉な予言を突き付けられる。
「あんたは、いつかわたしたちを裏切って、破滅させるだろう」

クリスチアナ・ブランド最後の長編です。本書刊行から五年ほど後にブランドは亡くなったそうで、遺作というべきなのかは迷いどころ。
ミステリではなくゴシックホラー。『シャイニング』『嵐が丘』などが想起されましたが、そこにシャーリィ・ジャクスンの意地の悪さ、嫌な感じを付け加えた風。ブランドには元々意地の悪さがありましたが、ユーモアが鳴りを潜めてしまったので意地の悪さが剥き出しになり、さらに増幅されたように感じるのかもしれません。ホラーに分類しましたが、怖いというよりは薄気味悪い話でした。
本当の悪人はいない。だが、どの人物も人間の嫌な面ばかりを露呈させてしまう。それが元々の彼らの人間性ゆえなのか、館の呪いなのか、いまいち曖昧なのです。
第一部は見事です。読者の期待をことごとく裏切る意地悪な展開。館に翻弄されいつのまにか変容していく人物。淡々とした話ではありますが、読ませます。8点。
第二部は館の怪異がいよいよ正体を見せてくるのですが、それがちょっとやり過ぎのような気がしました。なぜか私にはとある人物の献身的な行為が非常に薄気味悪く思えました。そこまでやるのかと。6~7点。

ブランドのミステリ作品のようなどんでん返しはありませんし、エンタメ作品としては物足りないところもありましょうが、小出しにされる謎や呪いを解くための作戦はなかなか面白いと思います。そして、静かな幕引き。巨匠最後の作品として、なかなか感慨深いものがあります。

No.192 5点 リモート・コントロール- アンディ・マクナブ 2017/10/09 19:37
元SAS隊員のニックは現在は対テロリストの秘密作戦に従事している。緊急の任務で二人のテロリストの後を追ってアメリカに行くニック。ところが、二人の行く先を突き止めたところで「すぐに引き返して来い」という不可解な指令が。帰国の飛行機の時間まで少し余裕があったので、近くに住む友人を訪ねることにしたニックだが、友人家族は娘を一人だけ残して惨殺されていた。

ネット古書店でエルモア・レナードを注文したところ送られてきた一冊。カバーはエルモア・レナードで中身は本作だった。まったく知らない作家だったが、もしかしたら、これは運命的な出会いかもしれないと思い、読んでみた。話のネタとして傑作、もしくは超駄作を期待していたのだが、中途半端に面白いというネタにしづらい水準だった。悔しいので書評を書くことにした。
なんでも著者は元SAS隊員だったそうで、本を書くたびにSASに原稿を送ってチェックして貰っているそうだ。このチェックというのが、間違い探しのためではなく、事実を書き過ぎての機密漏洩を防ぐためだという。
確かに主人公が任務を命じられてから慌ただしく出発していく様子など、細部に至るまで非常にリアリティがある。
小説としては、序盤でニックが追い込まれていく流れはいい。この状況でニックはどう巻き返すのか、非常に読み応えがあり、先が気になった。ところが、遠慮なく主人公をイジメ抜く序盤に比して、友人の娘を連れての逃避行に入ってからは敵の追跡が少し甘くなる。本気で来られたらまあ主人公は勝てそうもない。作者としては手加減してやるしかなかったのか。
「敵が手加減してくれたおかげで主人公が勝つ」冒険スリラー系の作品でこの手の弱点を抱えている作品はかなり多い。
そんなわけで中盤が少しだれたかな。
友人の娘と心を通い合わせていく流れはどこかぎこちなく(ある意味リアル)、また、この娘に対してときおり顔を覗かせるニックの冷徹非情さはこの世界にあってはリアルなのかもしれないが、ここはもう少し感情移入してやって欲しかったかな。逆の意味でクィネルの『燃える男』を思い出してしまった。
そして、ラスト。タイトル『リモート・コントロール』の意味が判明、なかなか緊迫した場面で悪くないと思うのだが、個人的にはあのやり口はちょっと気に入らない。敵の正体も月並みに感じた。
最後までなかなか楽しく読めたのだが、水準作といった感想。
情報機関などの活動に興味ある人は細部のリアリティなどかなり楽しめるかもしれない。

最後に某古書店さんへ 読んでしまったので金を返せなどと言うつもりはないけど、次からは気をつけてね。

No.191 5点 わが母なる暗黒- 伝記・評伝 2017/10/07 12:39
1958年、絞殺死体で発見された赤毛の女、ジーン・エルロイ。
当時十歳だったリー・アール・エルロイ少年の母親だった。事件は未解決のまま、少年は心に傷を抱えたまま荒んだ生活を送り、やがて『ジェイムズ・エルロイ』となる。後に『狂犬』などと呼ばれるようになった作家エルロイは未解決に終わった母の事件の再調査を試みる。

結論から言ってしまうと、エルロイファンは必読。エルロイファン以外の方が本作を読んで面白いと思うかは疑問あり。少なくともエルロイ最初の一冊にはまったく向かない。
本作は四つの章から成り立つ。
一章「赤毛の女」母が殺害された一件をドキュメント風に綴っている。 
二章「写真の少年」エルロイの自伝。※写真というのは母が殺害されたことを知ったばかりのエルロイ少年を撮影したもの。
三章「ストーナー」母の事件を再調査するに当たって、エルロイがパートナーに選んだ元警官ビル・ストーナーの人となりや警官時代の仕事が簡潔に綴られていく。
四章「ジニーヴァ・ヒリカー」母の事件の再調査を詳細に記述、そして、あまり会いたくはなかった母方の親族を訪ねることによって、エルロイは母を理解する。
客観的に見て、二章はかなり面白い。一章、三章はまあまあ。問題は六百頁のうちの約半分を占める四章で、エルロイに興味のない人からすればまったく面白くないと思う。ときおり顔を覗かせるエルロイの心情、変遷していく母への想いなど非常に興味深いものがあるが、全体的には冗長で退屈な部分が多い。

『ホワイトジャズ』の書評にも書いたが、私はエルロイ狂犬説には与しない立場だ。
(エルロイ自身がこの説の言い出しっぺだという話もあるが、そうであったとしてもである)
本書には狂犬説を後押しするような記述が多数ある。だが、私には反証材料も多く存在しているように思えた。
例えば、エルロイは少年時代から空想の世界に入り浸っていたが、その世界には犯罪、特に猟奇殺人が溢れていたという。例えばこんなことを考えていたらしい。
「猟奇殺人鬼に襲われている女の子を助けて、その子とセックスしたい」
誤解を懼れず言わせて貰うと、わりと健全だなあと思った。
エルロイの空想には猟奇殺人鬼が跳梁跋扈していた。だが、エルロイは自分が実際に女性を切り刻んでみたいと熱望したことはあるのだろうか? 本書には猟奇殺人のことばかり考えていたというエルロイの述懐はあっても、猟奇殺人鬼になりたいという願望はまったく窺えなかった。
本書を読んだときに思ったのは、エルロイは法の執行者(警察)の側に立って小説を書いている。その警察が純然たる正義の味方とはいえないのがエルロイ作品の特徴の一つだが、いずれにしても猟奇殺人者はエルロイにとって絶対的な悪なのだと、私はこのように理解した。
エルロイが狂犬であるにしても、この言葉にはいろいろな意味があるわけで、猟奇趣味だけの作家=狂犬であるかのように誤解され、敬遠されてしまうことは非常に残念だと思う。
※エルロイが猟奇殺人鬼を一人称で描いた作品『キラー・オン・ザ・ロード』も読む必要があると思うが、ずいぶん前に購入したものの手をつけていない。
※母親との関係は抜きにして、エルロイという人間が、誇張された形とはいえ、もっともストレートに伝わるのは、ロイド・ホプキンズ三部作ではないかと思う。

エルロイは犯罪者同然の生き方をしていた、とよく書かれている。これも誤解を招くと思う。エルロイはどのような悪事に手を染めていたのか、本書に詳しく描かれていた。
つまりはドラッグ、万引き、下着泥棒。留置所で自分の罪状を他の連中に話したら笑い者にされたとエルロイは書いているが、作品の中で彼が扱う犯罪と比較してあまりにもしょぼい。さらに妙に抑制の効いたところがあったりする。
下着泥棒にしても一度のお忍びで盗むのは一枚こっきりときちんとルールを決めていたり、いつも忍び込んでいた家に防犯システムが導入されるなり盗みを一切やめてしまったり。
この人は混沌ではなく、むしろ規律を志向する人間ではないかとそんな風にすら感じた。

この人はどうしてこんな話を書いたのだろう?
この人を駆り立てた原動力、源泉はなんなのだろう?
面白い小説はたくさんあるが、こんなことを考えさせる小説はそれほど多くはない。
本作『わが母なる暗黒』は、『ブラック・ダリア』を読んだ時に芽生えた『どうして?』を考察する一助となってくれた。
本書を読むと、エルロイが作品の中に自身の体験を大いに組み込んでいることがわかる。
同じテーマを執拗に追いかけるタイプの作家であることもわかる。
誇張、二律背反といった特徴は彼の必然的なスタイルだったこともわかる。
エルロイは読者のことを念頭に置かずに書く作家ではない。受け狙いが転じて露悪趣味にまで走る。が、本書は自分のために書いている。
個人的には非常に興味深く、意義ある作品。
エルロイファンは必読なれど、一般的に受けるかという観点から採点は抑えます。

※どうでもいいことだが、気になったこと
作中に登場したエイン・ランド(アイン・ランドのことだと思われる)について、~アメリカのSF作家。物質文明を批評する観念的な作品を得意とした。~こんな註がついているが、私の知っているアイン・ランドはこんな作家ではなかったような?

No.190 7点 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン 2017/09/24 22:21
国際刑事警察委員会より暗号化された電報が届く。それには国際犯罪組織の長と目されているピートル・ル・レトンがブレーメンからアムス、ブリュッセルを経由してパリへとやって来たことが記され、さらにレトンの人相風体がこと細かく記載されている。
レトンが乗っている北極星号をお迎えすべく停車場へ馳せ参じるメグレ。メグレは自分の客と思しき人物をホームで視認するも、その直後、北極星号で騒ぎが起きた。洗面所で男が死んでいる。その男も電報に記載されたレトンの人相風体と一致する。

メグレシリーズの記念すべき第一作目。冒頭からストーブやパイプといったメグレお好みの小道具が登場する。
レトンをお迎えするにあたって、メグレはなぜ部下を連れていかなかったのか? まあそんなことはいいとして、本作はまっとうなエンタメ作品でありながらメグレシリーズとしては異色作である。
シムノンは後年「ストーリーには興味がない」と発言しているが、本作ではストーリーを意識してエンタメ小説を書こうとしているように感じられた。
オチはメグレらしからぬものであるように思えた。が、悪くない。
写真を見ての推測、そんなことまでわかるのか、メグレにはわかるのだ。
空さん御指摘のとおり説明的な文章、シムノンらしからぬ文章が散見される。
自分が特に違和感のあった一文↓
~メグレの顔はこわばっていた。が、泣きはしなかった。泣くことのできぬ男であった。~

原題は『ラトヴィアのピエトル(人名だが、道化の意もある。含みありそう)』うーん、こっちの方がいいな。レトンは怪盗ではないように思えるが、日本での発売当時だったら怪盗にしておいた方が売れそうではある。

クリスティ精読さんが言及されていたが、数年前から作家の瀬名秀明氏がネット上でシムノン作品の書評を順々に発表している。瀬名氏はメグレシリーズは一作目から順番通りに読んでいくのが正しい読み方のように思えると述べていた。順番通りに読むべきなのかはともかくとして、最初に本作を読むのはいいと思う。
シムノンの試行錯誤が感じられるが、良作だと思うし、なにより自分は本作が好きだ。

No.189 7点 オルガニスト- 山之口洋 2017/09/24 22:16
ドイツの音楽院で教鞭をとるテオドール・ヴェルナーの元にブエノスアイレスで活動している天才的なオルガニストの情報がもたらされる。このオルガニストはかつての親友であり、また、自分がその将来の芽を摘んでしまったあの青年ではないかとテオドールは予感する。

青春小説、サスペンス、SFが混ざったような作品で、個人的にはホラーでもあるように思えた。
音楽に魅せられて、その純粋さが狂気へと向かってしまった青年のとんでも話。
前半は音楽家を目指す若者たちの青春小説、後半に入って殺人事件が起こり、サスペンス、SFの要素が入り込んでくる。
後半のSF的な部分で白けてしまう人もいるかも。また、音楽、オルガンに関する蘊蓄がかなりあって、興味のない人には辛いかもしれない。
ミステリとしては犯人はまあ普通に読んでいれば誰でもわかる。動機もだいたい推測できる。ただ、ハウが少し凝っていて、これを主人公たちが音楽的な部分から解き明かしていくところに工夫がある。
ホームズの有名なセリフが言葉を多少変えて飛び出したりもしている。
ハッピーエンドともバッドエンドとも取れそうなラストは哀切であり、読後感には独特のものがある。個人的にはとても好きな作品。
ただ、変にあっさりしたところが目につく。三角関係がなし崩し的に解消されていたり、悲惨な出来事が起きたわりに主人公も彼もやけに冷静だったりとやや説明不足、書き込み不足と思えた。また、音楽に関する説明は多いが、音があまり聞こえてこないような気がした。
なにかにすべてを捧げてしまう人の話というのはチラホラ見かけるのだが、中島らも氏の遺作となった短編『DECOCHIN』(異形コレクション蒐集家に収録)における狂気などは本作に通ずるものがある。

酒見賢一氏の作品を書評したのでファンタジーノベル大賞受賞作を一つ。受賞作は半分以上は読んでいるが、ジャンルを特定しにくい作品、はっきりいって変な作品、そういうのが多く、一般的なファンタジー作品はむしろかなり少ない賞。総じて受賞作の文章はレベルが高く、かなり癖のある作品が揃っている。

※本作は三人称で書かれていたものを文庫化にあたって一人称に書き直している。やや無理もあるが、私は一人称に直された文庫版の方が好き。登録は三人称のハードカバー版

No.188 6点 墨攻- 酒見賢一 2017/09/24 22:12
古の中国には墨子教団と呼ばれる奇妙な連中がいた。非攻の精神を基に、侵略にあっている国を助け、落城の危機に瀕する城を救う。通常は数人の墨子が組んで任務に就くのだが、教団内のいざこざのため、革離はただ一人二万の軍勢に踏み潰されんとしている小国の城の救援に向かうことになった。

史実と空想を織り交ぜた奔放な作風と簡潔にして格調高い文章が売りの酒見賢一氏です。
本作は中島敦記念賞を受賞しているそうです。漫画化、映画化もされています。小原庄助さんの書評に触発されて、懐かしさのあまり自分も酒見作品の書評を書きたくなりました。

革離が村人を統率し、自在に腕をふるう籠城戦が淡々と描かれていますが、とても面白い。
ただ、墨家というのはかなり特異な集団だったらしいのに、その特異さがあまり前面に出ていないように思えます。戦術に当時の最新の知見が盛り込まれてはいるものの、奇策と思えるようなものはなく、軍律そのものも、それを徹底することも基本に忠実な参謀という印象しかありませんでした。また、初読時は呆気ない終わり方に不満でした。

年を食って、淡々とした書き方の中に墨子の哲学が少しだけ見えたような気がします。本作のあっけない終わり方は、いかにも墨子らしくて素晴らしいと思っています。

ファンタジーノベル大賞という新人賞があります。自分はこの賞の第一回目の原稿募集の新聞記事を憶えております。この賞の受賞作は絶対に読もうと決めて、実際に読みました。「すごく面白かったけど、これはファンタジーなの?」と思いました。これが酒見賢一氏のデビュー作『後宮小説』でした。

No.187 6点 死都日本- 石黒耀 2017/09/24 22:10
メフィスト賞受賞作。力作。
破局的な噴火なるものが発生した時になにが起こるのか。
九州の火山が噴火。逃げ回る主人公の視点でその恐怖をたっぷりと味わうことができる。
ただ、主人公を絶命の危機にたびたび追い込んでちょこちょこと読者を脅かしてくれるが、そのやり方がいささかせこい。
ドキュメント風の作品。これは小説として問題があるという含みもあるが、迫真性に富んだ作品である。かなり怖ろしい。リアリティ(もっともらしさ)は充分すぎるほどにある。だが、この作品の場合は作品の性質上、リアル(事実)であるかどうかも重要だ。私は素人なので判断できないが、ネットで調べてみたところ大きな間違いはないらしい。
大仰なタイトルだが、虚仮脅しではなさそうだ。一読の価値はある作品。
小説らしさは希薄だが、読み物としては非常に面白い。

説明が多すぎるような気もするが、具体的な描写、数値を上げるなどして精緻に語ってくれるので、個人的には面白かった。自然描写が丁寧。
政治、経済に関して言及した部分には素直に頷けない点もある。
万単位で人が死んでいく話なので、個々の人間ドラマにはあまり見るべきものはない。ただ、近藤老人の話は妙に印象的でいまだに憶えている。

予見的な部分がけっこうある。
中国の潜水艦のエピソードなんかはもう笑ってしまうくらいリアル。近年実際に同じようなことが起こっている。
後年の政権交代を予見していたかのような書きっぷりも凄い。
ただ、現実に政権取ったのは……おろおろするばかりで具体的な方策はなにも取れず、本書のような展開にはならないでしょう。
※出版は2002年

作者は少年時代から火山に魅せられていた内科医。
「地震は怖いけど、火山はそれほどでもないよね」
妻のこの言葉に驚いたことが執筆の切っ掛けだったという。
作者の狙いは成功している。火山は本当に怖ろしい。
ただ、破局的噴火によってなにが起こるのかをこうして読んでしまうと、私は諦めるしかないなと思ってしまうのであった。

No.186 9点 ジェゼベルの死- クリスチアナ・ブランド 2017/09/16 13:11
「わかった! この人は○○○なんだ!」
ユーモアミステリの傑作などと言ってみたい。
演劇的な作品だとも言ってみたい。
ページェントなるものがモチーフとなっているが、本作のキャラ造型やセリフ回し自体にどこか演劇的なものを感じる。シェイクスピアを想起させるようなセリフもあった。
故に小説的には少々馬鹿らしさも感じなくはない。これがガチガチの本格だったら、たぶん馬鹿らしさを感じてしまったと思う。

素晴らしいユーモアと素晴らしい本格要素が融合してとてつもない傑作になっている。
本格要素の凄さがユーモアのそれより、ほんのわずか上回っているかもしれない。
自由奔放な視点移動から真相に肉薄するような材料をバンバンさらしている。巨大な針の山に隠されたゼムクリップを探しているかのごとき状況に読者を追い込む。
ところどころ違和感はあったんですよ。なんで『目』に関する描写がやたらうるさいのか、とか。でも真相はまったくわかりませんでした。大胆というか、自信に溢れる書き方ですな。誤誘導がうますぎます。誤誘導というか混乱させられただけなのかもしれませんが。
※実は自分も斎藤警部さんと同じくあの人物が犯人だと考えておりました。たぶん僕たちは作者の思惑通りに読まされたような気がしますよ、警部殿。
第二の死体が出てきた時は笑いが止まらず。
自白する者後を絶たずの展開もかなり笑えました。
そして、あのトリック。この落差がなんとも。
連続自白は読者を混乱させるだけではなく、主眼は壮大なユーモアであったんだと自分は考えております。ここまで大胆にユーモアを織り込んで、それでも本格としてのバランスを危いながらも保ち、白けさせず、散々笑わせておいて本作の目玉ともいえる驚愕のトリック。怖すぎてまた笑ってしまう。傑作です。
人物造型もこの小説の狙い通り、物語に大いに貢献する的確なものであったと自分は思います。
弱点としては、若干の読み難さ。トリックの実現可能性に疑問。コッキーのキャラがいまいち弱い。まあ、ここまでの作品を提示されてしまうと、どうでもいいですね、こんなこと。

No.185 7点 病みたる秘剣- 伊藤桂一 2017/09/16 13:07
かつて根津の親分として名を馳せた岡っ引きの浜吉であったが、ふとしたことから法に触れ江戸から五年の所払いとなってしまう。刑期を終えて江戸に戻っては来たものの、今さらどの面下げて十手を持てるものかと、習い覚えた風車作りを生業にして江戸の片隅でひっそりと暮らしている。そんな浜吉もガキ仲間の喜助や下っ引き留造らの引き立ててでかつての姿を取り戻していく。

以前に書評した捕物小説のアンソロジー『捕物小説名作選一』に本シリーズの第一話が収録されており、興味が湧いたので購入。登録だけして書評を書くのが延び延びになっておりました。そういう作品が多いんですよね。すみません。
作者は昨年秋に九十九歳でお亡くなりになっているようです。
第一話を読んだ印象は劇画調のかっこいい話。子連れ狼みたいな世界観なのかと期待しておりましたが、どうもそういうシリーズではなく、だんだん人情味が強い普通の捕物小説のようになっていきました。下っ引きである留さんの相談役から始まり、浜吉は話が進むにつれてかつてのように親分へと復帰していきます。まあガチガチ鉄板な展開ですな。第一話のナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけるような感覚が希薄になってしまったのは残念でした。とはいうものの、かっこいいアクションシーンは多く、読点を多用した噛んで含ませるような文章もなかなか味わいがあるし、話作りも安定した面白さがあります。
特に表題作がかっこいい。
浜吉の私生活は期待に反してほのぼのとしてしまいましたが、それはそれで良かったのかも。
二作目である『金隠しの絵図』もとい『隠し金の絵図』もなかなか良かった。以降の作は未読だが、やはり良質の捕物小説シリーズではないかと予想される。
これからも捕物小説を少しずつ読んで読書の幅を広げていきたいと思う今日この頃。

No.184 6点 血族- 山口瞳 2017/08/26 16:10
父母の若い頃の写真はある。生後三ヶ月ほどと思われる自分の写真がある。なのに、父母の結婚式の写真がないのはなぜなんだ? こんな疑問が唐突に湧き出て、作者山口瞳はいてもたってもいられなくなり疑惑の解明に乗り出す。そこには母が隠し通した、そして、誰も話したがらない一族のとある秘密が絡んでいた。

ミステリーのようにも読める私小説などと言われている作品です。以前に書評したカポーティの『冷血』と同様の形式、ノンフィクションノベルともいえます。
作者は二十年ほど前に亡くなりました。この頃のことはよく憶えております。訃報から数日後、上司が休み時間に「ちょっと読んでおこうかなと思ってさ」などと照れながら本作を読んでいたのを発見して、私も便乗したからです。

最初の200頁は延々と親類縁者のエピソードが続きます。それほど陰鬱ではない、むしろ愉しいエピソードなのですが、どこか漠然とした重苦しさが漂います。作者の大いなる不安が反映されているからでしょう。『知りたい、でも、知りたくない』と。この葛藤が読者にも真に迫って来る。ここらあたりはサスペンス的な要素あり。
変人ばかりの一族。彼らの独特の価値観、性質が語られていく中、それこそ章が進むごとに次々と小さな謎が積みあがっていきます。作者は~貧乏は遺伝する~といった面白い視点を交えつつ、一族を分析していきます。とにかくおかしなことの多い一族です。これら大量の謎が200頁以降で解明されてゆき、謎のすべてが一族の秘密へと収斂してゆきます。逃れられない血の轍とでも申しましょうか。丑太郎伯父さんが改名した理由が特に心に残りました。そして、ちょっとしたどんでん返しもあり、作者の母への思いが、最後の二行が胸を打つのです。
ミステリ的な読み方は可能ですが、ほとんどの読者はかなり早い段階で一族の秘密に気付いてしまうことでしょう。いささかくどい部分もあります。また、小説としての完成度は難ありのような気もします。が、とても好きな作品です。小説としては8点か9点です。
ミステリとして考えると……採点は抑えます。6点。

作中、こんな文章があります。
~だから私には推理小説やSF小説が読めない。理解できないから面白くないのであるけれど、一方でバカバカシイという気持ちもないことはない。~
この文章がどうにも前後から浮いているんです。『だから~』とあるけれど、なにが『だから』なのかさっぱりわからない。この部分は丸ごと削除してしまった方が文章の流れが自然なのです。なんでこんな文章をわざわざ挿入したのか。作者は本作執筆にあたって、いくらかミステリを意識していたのではないのか。
作者は直木賞の選考委員をしていたので、ミステリの候補作にどのような選評を残しているのかをざっとチェックしてみました。
ミステリを目の仇にするようなことはなく、むしろ泡坂、連城などをかなり高く評価していました。島荘の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』に至っては推す人が誰もいないなか唯一人強硬に推しまくり。
ミステリだからダメなのではなく、ミステリに固執することによって致命的な瑕疵が生じたり、完成度が落ちるくらいならミステリを捨てたほうが良いというスタンスのようです。候補作のいくつかにそのようなコメントを残しておりました。
こういう人が書いたミステリ風の作品ということで、あえて書評してみました。

No.183 7点 アックスマンのジャズ- レイ・セレスティン 2017/08/11 15:13
手堅い作品だが、目を惹くタイトルとは裏腹に意外とケレン味は乏しくて、自分が編集者だとしたらなにを売りにしていいのか迷ってしまいそう。帯には『ジャズを聴いていない者は斧で殺す』と大きめの文字で書かれ、その下に『恐るべき予告までする連続殺人鬼の正体とは? 実際に起きた事件をもとに大胆な設定で描く話題作』とあった。うーん。ジャズは物語には申し分なく寄与しているものの、ミステリ部分と密接に関連しているかというとそうでもない。実際に起きた事件を下敷きにしていることもそれがうまく活かされているわけでもなく。さらに独自の作家性や突出した部分が見えにくい(裏を返せば欠点も少ない)。ジャンル分けも確かに難しい(個人的にはジャンルはどうでもいいのですが)。
時代設定は1919年。舞台はニューオーリンズ。1919年は奇しくも日本が国際連盟で人種差別撤廃を提案するも、なぜか反対する国(どこだろう?)がいくつかあって廃案とされた年。その頃、ニューオーリンズではまだまだ人種差別が根強く残っていた。こうした時代の街の描写、雰囲気作りがうまい。
人物もルイス、ケリー(もっとも気になったキャラ)といった脇役含めて丁寧に書かれており、主な視点人物が三名いても、混乱することもなく読み易い。この視点人物のパートはつまらないというような問題もなかった。
構成や文体は著者近影に比例して非常に生真面目な印象。視点人物を複数にしたことを活かした決着の付け方が洒落ている。
エピソードの作り方は上手だし、泣かせ方も心得ている。ただ一度だけのあの二人の会話なんか良かったなあ。これでパワー(個性)が出てくればかなり面白い作家になりそう。続編も読みたい。

※ジャズはあまり詳しくありませんが、ルイスのモデルはすぐにわかりました。というか、名前同じだし。「What a wonderful world」で検索するとルイスの晩年の姿、歌声を堪能できます。


No.182 8点 図書館の魔女- 高田大介 2017/08/11 15:11
~鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女(ソルシエール)」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。~amazonより

メフィスト賞受賞作
全四巻のうち、まだ一巻しか読んでいないのですが、国産ファンタジーの傑作の予感がプンプンしますので、いてもたってもいられず箇条書きでフライング気味の書評を。全部読んだらまた改めます。
外枠は情報戦や外交に重点を置いたユニークなファンタジー。
内実は言葉の物語。
序盤のテンポが悪すぎる。徐々に展開が早くなってくる。
無意味とも思える動作などの細かい描写は? 
(肩を上げるだけなのに二行も使って描写したりする。)
こうした(特に序盤の)不必要に思える描写には何か意味があるのか。おそらくある。
正確精緻。歯ごたえはあるが、あまり味のない文章。
難解な単語がときおり飛び出すが、文章そのものはさほど難しくはない。
建物や服装の描写が細かいのはハイファンタジーだから仕方がない。
ハイファンタジーとしては異世界感に乏しい。
世界史や地理を学べば存在する既存の世界をアレンジして組み直したような印象が強い。
よく見ている少年とよく考えている少女のボーイミーツガール。
キャラ作り等にライトノベルの要素を持ち込んでいる。
エンタメ的盛り上がりには欠けるが、内容は素晴らしい。

No.181 6点 ケープ・フィアー -恐怖の岬- ジョン・D・マクドナルド 2017/08/10 00:08
十三年前にサミュエル・ボーデンの証言によりブタ箱入りになっていたマックス・キャディが帰って来た。幸せ一杯のボーデン一家を真綿で首を絞めるように苦しめていくキャディ。サミュエルは家族を守ることができるのか。

地味な展開。ジワジワとボーデン一家に迫るキャディは不気味であり、特に長女が危ないと思っていた。サミュエルは家族を守るにあたって、しばしば温い判断を見せる。これは絶対~になるよとこちらは思う。だが、なかなかそうはならない。地味だが、じわじわと胃に負担を与えてくれる。ここらあたりの匙加減が実にうまい。大きな動きはないのに読まされてしまう。
そして、家族を狙われたことによってサミュエルの信念はだんだんと揺らぎ、内面に劇的な変化が訪れる。この変化も自然である。
『濃紺のさよなら』の書評で、「ジョン・D・マクドナルドはアメリカ人のための作家だ」みたいなことを書いたが、本作も極めてアメリカ的な作品だと思う。そして、うまいとは思うが、私はこの作品が好きではない。作品の出来は7点以上だと思うが、6点。理由を述べるとネタバレになるので、以下ネタバレコーナーにて



ネタバレ
逆恨みから家族もろとも狙われる破目に陥った平均的なアメリカの男であるサミュエル。
これはごくごく普通のアメリカの男が逆恨みされ、追い込まれ、ついに窮鼠猫を噛んだ、そういう話のようにも見えるが、ちょっと違うと思う。
本作の原題はThe Executioners(処刑人)。この処刑人とは誰のことなのか。
最初はキャディがExecutionerなのだと思っていた。かなりえぐい展開が予想された。ところが、淡々と物語は進む。サミュエルの家族のことがじっくりと書き込まれ、キャディはあまり派手なことはしない。作者は読者をボーデン一家に感情移入させてから、ボーデン一家の料理にかかるつもりなのか。嫌な展開だなあと勝手に思っていた。
ボーデン一家の緊張は耐え難いレベルにまで達した。
ここで、サミュエルの内面に変化があり、犯罪者に怯えるだけの弱い男ではなくなる。
家族が狙われているとはいえ、この時点では死刑になるほどのことはしていないキャディをサミュエルは罠にかけて殺そうとする。警察もそれを容認するばかりか、よしよし応援するぞとばかりに人員を回してくれる。これは正当防衛といえるのか? 
日本だったら有り得ない話だと思う。しかし、アメリカには本作のような解決を容認する文化的な土壌があるように思える。アメリカ的価値観の勝利を描いた作品のようにすら思えてしまう。
また、途中サミュエルは小細工をもってキャディの排除を試みるも失敗するが、これなどは卑劣だと思った。
死刑制度は野蛮だから廃止すべきという意見がある。だが、アメリカやその他の国では逮捕時に被疑者を殺してしまう案件が多い。逆に日本では裁判にもかけられず殺されてしまう人間はまずいない。
※アメリカは死刑制度あります。



No.180 7点 失われた黄金都市- マイクル・クライトン 2017/08/10 00:05
ブルーダイアモンドの鉱脈を求めてコンゴの奥地に分け入った調査隊が全滅した。調査隊の撮影した映像にはゴリラに似た生物と奇妙な建造物が映っていた。
第二次調査隊が結成され再調査に向かうが、手話の使い手であるゴリラが一頭メンバーに加えられていた。

1980年の作品。原題は『Congo』かつてベルギー国王の私有地扱いをされ散々な目に遭ったアフリカのほぼ中央に位置する国。
高校生の頃に夢中になって読んだ作品。二十ウン年ぶりに読んでみたが、やはり面白い。
きちんと調べて書くのが持ち味のマイクル・クライトンだが、序盤は蘊蓄が悪玉コレステロールのごとくで物語の血流がイマイチ悪い。興味ある蘊蓄(ゴリラ系)は良いのだが、興味のない部分は読み飛ばしてしまった。そんなに支障はなかったりする。
中盤はまさに冒険小説。次から次へと襲い来るアフリカならではの困難は予想を大きく外れるものではないものの、丁寧に状況が説明されるためとても臨場感があって面白い。
終盤の謎の生物との絡みも多少???な部分もあったが、非常にスリリング。
まあ、ラストはこの手の話の常道ではあったが、それもまたよし。

気になった点
調査隊に手話のできるゴリラと動物学者、彼らを参加させる必然性が薄い。また、明らかにやばい展開になっているのに動物学者が大切なゴリラを継続参加させるものかも疑問。
まあゴリラがいなくちゃ話にならないのだが。
調査隊の主要メンバーである三名。マイクル・クライトンにしては人物造型を頑張ったとは思うが、この三名の関係がちょっとビジネスライクに過ぎる印象。これだけの冒険を共にこなしていくわけだから、好きにせよ嫌いにせよ、もう少し人間的な心情の交錯があって然るべきでは。
ちなみにもっとも魅力的なキャラはゴリラのエイミーだった。
エイミーは賢すぎるが、荒唐無稽ギリギリでどうにか踏みとどまっている。

冒険小説というと同時期によく読んでいたアリステア・マクリーンやジャック・ヒギンズが浮かぶが、本作のようなものが私にとっては理想の冒険小説。
その理由は作品の質ではなくて、女王陛下のユリシーズ号に乗艦するのもシュタイナ大佐とパラシュートで英国に降下するのもご容赦願いたいが、本作のアフリカ行には自分も参加してみたいから。

※邦題が「黄金都市」であらすじにブルーダイアモンドなんてあるので宝探し小説のように思えますが、そういう話ではありません。少なくとも黄金はタイトルにしか出てきません。


No.179 8点 アデスタを吹く冷たい風- トマス・フラナガン 2017/08/05 12:31
地中海に面した架空の独裁国家を舞台にしたテナント少佐ものは設定をうまく生かしてミステリを構築、物語性、ミステリ性ともに満足のいく四編でした。固めな文章、訳が古めかしいのもこの世界観と調和していて味わいとなっています。雰囲気は表題作がタイトル含めて最高ですが、アイデアとしては四作目の『国のしきたり』が好きです。現実にここまで遠回しなことをするものかと些かの疑問はあるものの、古典の応用トリックに設定と人物をうまく絡めて、さらには物語性も付加されて文句なし。
続くノンシリーズの二篇はまあまあ。
『もし君が陪審員なら』は奇妙な味の短編としてうまくまとまっていると思います。
『うまくいったようだわね』は友人の弁護士が加害者に最初から協力的でありましたが、その理由がよくわからないのが大きな瑕疵だと思います。そこを気にする話ではないのもかもしれませんが。
ここまで読んだ感想は「すべてテナント少佐もので固めてくれれば良かったのになあ」だったのですが、最後の『王を懐いて罪あり』が傑作だと思いました。これはテナント少佐ものと対抗しうる一篇。ラスト一行はゾクッときました。ミステリとして粗はあるかもしれませんが、こういったことが歴史の一幕として本当にあったのではなかろうかと、故に……そんな風に思いを馳せてしまいました。
ミステリ要素のみなら6~7点だと思いますが、設定や文体(好き嫌いが分かれそうではありますが)がミステリ部分と良い相互作用をもたらしています。

※私はポケミス版を持っているのですが、『王を懐いて~』は最初の頁の訳註がネタバレになっています。文庫版がどうなっているのかは? 
気を付けて下さい。自分は華麗に読み飛ばしていたので無傷でした。

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