クリスティ再読さんの登録情報
平均点:6.28点 採点数:296件

TOPプロフィール高評価と近い人書評を見る

採点傾向好きな作家

1 2 3 ... 10
No.296 8点 Yの悲劇- エラリイ・クイーン 2018/01/14 15:53
XとかYとか本サイトに書き込むようになる直前に再々読くらいの感じで読んでたから、今さら書くのもややこしいから何だ...となってしまってたが、ちょっとネタも思いついたので書くことにしよう。

(失礼、結構バレます)
直前にヴァン・ダインの例の作品を読んでいたため気が付いたことでもあるのだが、あの作品の犯人は作中でちゃんと年齢が書かれていないのだけども、ハイティーンくらいと解釈するのもあながち不自然じゃないんだよね。で最〇の事件で〇〇者を装うとか、閉鎖された部屋とか、学習参考書とか、一般的なイメージ以上に、直接的な「いただき」なモチーフが多いように感じる。評者はトリックの特許先願争いみたいなものは不毛なスノビズムとしか感じないから、「それよりも小説の中にどれだけうまく埋め込めるかを競おうよ」と思うだけのことで、本作の方が元ネタよりもずっとうまく書けていることは間違いない。
で評者は実は、皆さんのクリスティの「〇〇〇〇家」に対する批評の辛さ、が気になるのだ。皆さんの大好きなクイーンの本作が「先行作の模倣」の要素がかなり大きい作品なのに、クリスティの「〇〇〇〇家」をそう咎めるのは、ダブル・スタンダードも甚だしいのではなかろうか。どっちか言えばクリスティの方の方が自分独自のテーマをいろいろと盛り込んだ、定型的でないモダンなミステリになっているように評者は見てるんだが....いかがなものだろうか。
というわけで、本作読むんなら、クリスティの「〇〇〇〇家」もトリック・マニアな視点じゃなくて、ちゃんと読んでもらいたいなぁ、と感じる。なので、評者は「〇〇〇〇家」よりも少し低い評点にしたいと思うのだ。
あ、あとどうせ読むなら、で今回は平井呈一の翻訳(講談社系)で読んだ。べらんめえなドルリー・レインというお楽しみ。古風な訳ではあるが、なかなかの名調子でドルリー・レインの自称が「小生」である。

こいつはのっけに一本、剣呑喰らったね、ハッタ―嬢。あいにくとね、小生、ちと妙癖がありましてね。(大久保康雄だと「いたみ入ります、ハッターさん。不幸にも私は妙な道楽がありましてね」)

いいなあ。日本語の豊かさを感得する翻訳である。このバーバラの形容として、「起居振舞にどことなく、暢達なリズムに近いものを身につけている」し、「この人の心の奥には、かんがりとした火が燃えていて、それが外面にほのかにさしいで」...と古風ながら実に味のある「創作性の強い訳」になっている。ホラーの教祖として言うまでもなく有名なのだが、平井呈一って凄いな。ただ本作だと今どき言葉狩りにひっかかる単語が連発になってしまうので、新しく出るわけがないから古本とか図書館で探すしかないだろう。原著の罪である。

No.295 6点 白髪鬼- 江戸川乱歩 2018/01/08 12:34
コレリの「ヴェンデッタ」をやったからにはこれしないとね。「ヴェンデッタ」→涙香「白髪鬼」の流れの終点である乱歩のもの。
枠組みとして収監されて刑務所にいる主人公の回想の筆記のかたちをとる。なので乱歩お得意の一人称の語り口が楽しみどころ。乱歩の筆にかかると隠微なエロティシズムが満開で、そういう意味じゃ男性的で陽性なラテンノリの「ヴェンデッタ」とはまったく別物。筋立てはほとんど変えてないのだが、手触りは完全に乱歩オリジナル、という感じ。「ヴェンデッタ」では復讐を実行するために姦婦姦夫を「操る」リアリティを重視して、「心ならずも....」と計略を弄しているのに対して、乱歩はもっと幼児的な残虐さというのか、姦婦姦夫をさまざまな小道具でイジめるのがあたかもSMのよう。なのでそういうエロを楽しむのが本作の最大のポイント。乱歩ってね、「お話」の作家じゃなくて「語り口」の作家だというあたり、ミステリ系の批評だとどうも見過ごされがちなんだがなあ。

悪人どもは悪人なるがゆえに、ますます美しく、いよいよ幸福だ。わしは善人なるがゆえに、ますますみにくく、しかも不幸のどん底に突き落とされた。

この力学に働くリビドーこそが、乱歩版「悪徳の栄え」というべきか。

No.294 6点 ゲー・ムーランの踊子 三文酒場- ジョルジュ・シムノン 2018/01/08 10:25
第一期メグレ物の合本である。例の瀬名氏は「ゲー・ムーラン」をメグレ物への「情熱が醒めつつあるか」と評しているけども、ちょっと読んだ感じは戦後のメグレ物っぽい雰囲気だ。初期の陰鬱なところがあまりなくて、プロット中心の話になっていると感じた。
リエージュの流行らないキャバレー「ゲー・ムーラン」では、二人の不良少年が隠れておいて閉店後にレジ荒らしをしようと、待機していた....彼らのほかには客は外国人旅行者とフランス人らしい恰幅のいい男しかいない。閉店後に彼らはその外国人の死体を見つけた。
という話。メグレはなかなか登場しないが、洞察よりもメグレの仕掛というか狙いが中心。ライト感覚なので、あまり大したことがない。
それよりも「三文酒場」の方がシムノンらしい。「メグレのバカンス」に似た話というか、同じく夏のバカンスなのに、メグレ夫人が待つリゾートに、事件をかぎつけちゃったメグレがなかなか行けない話。セーヌの川岸に週末にパリの商店主たちが家族連れで川遊びを楽しむリゾートがある。彼らはそこで地元の漁師たちが集う「三文酒場」をちょっとした隠れ家のようにして、楽しんでいた....メグレはある死刑囚が漏らした言葉に導かれて、「三文酒場」とこの旦那衆たちと近づきになる。平穏な夏のリゾートでのお楽しみの中で、発砲事件が起きた。単なる事故のようなのに、撃った男は突然逃亡した。その仲間たちもメグレの目の前で、その逃亡を手伝ったりする...なぜだろう?
という話。こりゃホントにシムノンにしか書けないタイプの話だ。旦那衆と付き合うのに、いつものビールじゃなくて、メグレもプチブル趣味なペルノー(アブサンの代用品として飲まれるアニス系の甘いハーブ・リキュール。日本人は結構苦手な味)を飲む....ちょっと浮かれて倦怠の漂う夏の夕暮れ感が本作の本質。メグレ夫人はメグレに早く来るように催促する

杏のジャムを作り始めました。いつになったら、それを食べにいらっしゃるつもり?

No.293 4点 グリーン家殺人事件- ヴァン・ダイン 2018/01/05 23:30
こりゃもうダメだろ..というのが正直な感想。小説として長さを支え切れていない感じである。「僧正」だとホラーの要素がストーリーの牽引力になっていたのに比して、本作だとゴシックロマンスの要素がちゃんと生かし切れていない印象が強い。
先行する初期2作が何やかんや言って20年代アメリカの「今」を描写していたのがイイところなのだが、本作はおそらく出版時点でもブルジョア家庭の内幕小説めいた「退嬰的」な内容だったように感じる。退嬰は退嬰なりの魅力があるのだが、ヴァン・ダインの筆力だとそこらはちゃんと描き切れていないのでは。「僧正」と比較してもキャラの印象が薄いと思うよ。執筆時点でも「古臭い」ものだったのを、日本では何か勘違いして評価したのではなかろうか? 古典ミステリのガジェットが羅列されている以上の内容を、評者は見つけられなかった。「家モノ」の過大評価は日本特有のものだろうなぁ。
あと言うとヴァン・ダインというかライトというか、著者はスティーグリッツの同志みたいな人なのに、絵画と写真を比較してグリーン家を論じるあたり、話の狙いはわかるんだけど、写真論として保守的でつまらないのはどうしたものか....
ちなみに評者はついでなので映画も見たのだが、評判が悪いはずの映画の方が、「ゴシック」としてのグリーン家をちゃんと「絵」にできていて、それはそれで面白く観れた。挿絵にあるグリーン家の外観図を、映画はちゃんと立体的なセットにしているのが感動的。これが本当にゴシックの雰囲気が濃厚に出ている。原作のくだくだしい描写を簡潔に交通整理したシナリオは、決して不出来ではない。考えてみれば乱歩も正史も虫太郎もみんな観た映画なんだよね...

No.292 6点 死者の中から- ボアロー&ナルスジャック 2018/01/03 22:53
ヒッチの「めまい」の原作として有名すぎるくらいに有名な作品。今回久々に再読して印象に残るのが、第一部が第二次大戦のフランス侵攻の前夜の話、という時代面での息苦しさがうまく小説内容にマッチしてることだったな。ただし、第二部での主人公がルネによってマドレーヌを再現しようとするあたりは、どうしてもヒッチの映画のヴィジュアルの説得力に負けてしまう。「めまい」ではそれに加えて、ジェームズ・スチュアートのある種の不健全さが垣間見れて、きわめて倒錯的な面白さ(ヒッチ曰く「死姦」だそうだ)を感じるのだね...まあだから小説評価としては、残念ながら「映画ほどじゃない」ということになる。
逆に小説でのいいところは、犯人たちの仕掛けが「効きすぎて」逆に墓穴を掘ることになった、ということに読み終わって気が付く、というあたりのような気がする。映画だとこういう見方をしづらいように思う。
あとそうだね、ボア&ナルって心理主義というか、心理描写が長々...という印象がないわけじゃないが、本作とか風景の客観描写が意外にハードボイルド文っぽい抑制的な美があるあたり、不思議なほどにアメリカンな印象を受けた。意外というか、アメリカニズムの普遍性というか、面白いな。

No.291 9点 一瞬の敵- ロス・マクドナルド 2018/01/03 22:22
クイーン・アンブラー・マッギヴァーンがほぼ終わりつつあるので、クイーンに代わる2018年度のメイン作家は...というと評者はロスマク、ということにしようと思う。それにボア&ナル、ル・カレを適宜加えて、シムノンは継続、というので今年の軸を作る予定だ。ロスマクなんて最初からその狙いで今まで1作もやらずに大事に取っておいたんだよ。
で本作だが、本サイトでのロスマクの作品の中、採点平均でトップじゃん。ただし採点数が少なすぎるの問題なんだが、採点平均に違わぬ名作です。要するにね「ツートップ」なんて言い方がとっても罪作りなわけで、そんな言い方聞いたら「さむけ」と「ウイチャリー家」以外読まなくなる副作用があるわけだよ。そういうの間違ってると思うので、平均点を上げる方向での採点とします。
まあ、本作よくできてるよ。ロスマク、意外に話の展開が地味なひとで、後で振り返ると作品の区別が付きづらいこともあるんだけど、本作はデイヴィ&サンディの逃避行から、デイヴィによる誘拐が話の軸になって、ただの人探し小説ではない「現在進行形の事件」としてうまく印象に残る結果になっている。それに過去の殺人2件、アーチャーが出くわす殺人2件が絡んで、ある家系の悲劇が浮かび上がる。でしかもクリスティを連想させるような大技も決めて見せるわけで、評者にいわせりゃ本作が代表作にならないのが不思議なくらいのものだ。
真相がわかったあとで振り返ると、父母の業・過去の姿・現在の姿が多重に重なり合った姿を登場人物たちが見せるのがなかなか凄いところ。この家系の業をデイヴィは一身に背負ってしまったわけなのだ...と大河ドラマ風の家族史をぎゅっと濃縮したような面白みがある。

No.290 3点 グレイシー・アレン殺人事件- ヴァン・ダイン 2018/01/02 18:56
ヴァン・ダインの駄作で有名な本作なんだけど、さすがにグレイシー・アレンがどういう女優か知らずに読むのはいかがなものか?と評者は思って、パブリックドメインDVDを探していたら、アステア映画に1作だけ出てるんだよね。「踊る騎士」で、これはアステア映画を集めた9枚組1800円の「フレッド・アステア セカンドステージ」に収録されている。アステア好きなら買って損はなし。
で問題のグレイシー・アレンだが、小柄な美人で、素っ頓狂なアニメ声でトンチンカンな話をペラペラしゃべる女優さん。ミスマッチ感が面白い。「踊る騎士」の中盤に遊園地でアステアと相方のバーンズと一緒に踊るけど、これがなかなか達者で、しかも歌える。「踊る騎士」のメインヒロインであるジョーン・フォンティン(ヒッチの「断崖」の人)が踊れない・歌えないでお荷物だったのと比較すると、完全に主演ヒロイン(まあ香盤も上だし)。ヴァン・ダインなかなかお目が高い..といいたくなるくらい。難は小男のアステアと並んでもさらに小さく、正規のダンスパートナーはきついくらいに小柄なことと、アニメ声、お笑い芸風なあたりがある。ダンナのジョージ・バーンズは長らく映画に出続けた人だけど、グレイシーの出演作品は意外に少ない(黎明期のTVで夫婦の番組があったらしいが)。アメリカではかなり有名な女優さんのようんだけども、もう少し映画で活躍してたら、日本ではヴァン・ダインの本作に名を留めるだけな女優に終わらなかっただろうなあ。
肝心のヴァン・ダインのミステリの方はどうか、というと、とにもかくにも小説として退屈すぎる。内容も薄いから、短編でもよかったんじゃないか、と思うくらい。まあそれでも、グレイシー・アレンの芸風を意外に忠実に記録している印象はある。「踊る騎士」では出ないのだが、「兄さん」はグレイシーの有名な持ちネタだそうだ。映画史では埋もれちゃった多芸な女優、グレイシー・アレンの名を忘れ去らせなかったのが、本作の唯一の取柄というものか。
(内容1点+グレイシーアレンの芸風の忠実な記録1点+オマケのヴァンス伝がなかなかいいので1点=3点、でいかが?)

No.289 7点 ドクター・フリゴの決断- エリック・アンブラー 2018/01/02 18:37
アンブラーの70年代というと、定型的なスパイ小説の枠から完全にはみ出してしまって、国際謀略小説としか言いようのないものになるのだが、本作もその一つ。アンブラーお得意の巻き込まれ型で、主人公が政治的亡命者、というのが「あるスパイの墓碑銘」を連想させるが、「あるスパイ~」の主人公がノンポリだったのと同様に、本作の主人公も内心は本当にノンポリであるにもかかわらず、その立場から政治謀略の真っただ中に置かれてしまう。
カリブ海に浮かぶフランス海外県の一つ、サンポール・レザリゼ島に住む病院勤務医のカスティリョは、政治的亡命者だった。彼の父カスティリョはカリブ海に浮かぶ某島(作中では名前が出ない)の左翼政党指導者だったが、12年前に軍事政権に暗殺されていた。それをきっかけに父の党派は弾圧されてメンバーは国外に逃亡していたのだが...主人公はというとあまりに身近な父の様子(日和見主義者と作中では評されている)を見すぎていたためか、あるいは亡命した家族に寄ってくる同志たちの愚行とタカリのさまをみるにつけ、父の同志たちとは距離を置いて、誰にも心を開かずに「ドクター・フリゴ(冷凍肉)」と綽名されるほどの冷徹な医師として、亡命生活を送っていた(ここらの造形はほんとユニーク!これだけで作品の成功が約束されたと思うくらい)。
ところがある日、警察に呼び出されて、署長直々にフランス情報部によって、父の同志の主治医になるように命じられた。主人公は抵抗するが、医師の義務を盾に取られて、協力せざるを得なかった。どうやらフランスを含めた諸外国のお膳立てのもとに、現在の軍事政権をひっくり返すクーデター計画が進んでいるようなのだ。フリゴの患者がまさに新政権の首班となるべきキーマンである。しかし、フリゴはその患者が、不治の死病にかかっていることに気が付いてしまった...クーデターの行方は? 父の暗殺の真相にそのキーマンが関っているような噂もある。もしフリゴ自身が立てばそれを支持する勢力がないわけでもなさそうだ...
とアンブラーらしい非常に錯綜した状況の中で、「冷凍肉」と綽名されるような政治の馬鹿らしさをつくづく感じているユニークな主人公の振る舞いが、それだけで十分なサスペンスになってくる。原題は「Dr. Frigo」で「決断」と追加したのは訳者の責任である。要するにこの「決断」が、ユニークな状況に置かれた主人公の主体的な決断が、作品の最大のポイントになる。がまあそれは読んでのお楽しみだが、

あなたが民主社会主義を隠れ蓑にしないのと同じですよ。

とアンブラーの政治センスが充分に発揮された結末だ、とは言っておこう。
まあアンブラーなので言うまでもなく、脇を固めるキャラも実に印象的で、フリゴが付き合っている女性は、ハプスブルクの末裔で、ハプスブルク家のいろいろなエピソードを元にフリゴにアドバイスしたりするわけで、直接的にはフランスの思惑でメキシコ皇帝に担ぎあげられたマクシミリアンのエピソードを重ねる仕掛けがあったり、左翼ゲリラ上がりの「エル・ロボ(狼)」とあだ名される人物が、このクーデターに一枚噛んでいて、会ってみると丸々太ったやんちゃ坊主のような男で「狼」なんてらしくなかったりするとか、小ネタも楽しい。本作ハードカバーだけで終わった作品なのが本当にもったいない。

No.288 6点 ドルリイ・レーン最後の事件- エラリイ・クイーン 2018/01/02 18:31
クイーンというと、何か「最後の」がつく作品がやたらと多い印象がある。「最後の一撃」「最後の女」でしかも本当の最後の作品はロスタイムめいた「心地よく秘密めいた場所」だし..で本作を評者のクイーン読書(まあ長編だけだが)のラストにとっておいたのだ。
どうせ4大悲劇なんて昔に読んでて、犯人とかトリックとか手がかりとか全部頭にはいっている状態での再読である。結構憶えてるもんだなぁ...と感しきり。
で今回読んだ感想だが、国名初期もXYZも、基本的に起きてしまった事件の捜査プロセス小説なんだけども、本作はエジプト十字架同様の「進行中の事件」ということになる。なのでいわゆる「読者の推理ポイント」とかハッキリしないタイプのミステリなんだよね。ここらが本作今一つパズラーマニアのウケが悪い原因のように感じる。とある身体的な欠陥が事件のキーになるのだが、クイーンの医学知識はというと、いい加減なものが多いので真に受けない方がいい。ちょっとアレは...とは思うけども逆に妙なサイケ感が出ていいじゃないか。
あとちょっと気になったのだが、エールズ博士がシェイクスピア=ベーコン説の信奉者、という話があったけども、この人の身元を考えるとかなり蓋然性が薄いと思うんだがどうだろうか(ちょいと細かい話過ぎるかな)。まあどうせなら、シェイクスピアの死因とかそういう方面をもっと突っ込んで歴史ミステリ色を付けても面白かったかもね(どうも本作のネタは「推理の芸術」によるとクイーンのでっち上げらしい)。
というわけで、本作、興味を引っ張っていく小説面で退屈しないで読めるのが良いあたりだが、殺人の犯人氏がどうしてその家に手紙があると確信しえたのか?および真相を秘匿した心理的な動機が、今一つ納得いかない。全体的な企画物だから仕方がないかな。本作は悲しい結末を迎えるけども、それはギリシャ悲劇的な意味での「悲劇」というよりも、市民的な間違い(能力が足りない事による失敗)による自死なのだから、「ロミオとジュリエット」を悲劇と呼びづらいように、本作も市民劇としてのコメディアなんだからね。そもそも悲劇三部作の後はサチュロス劇と相場が決まっている。「ヤコブのひげ」はシレノスの山羊ひげではなかったのか?

No.287 6点 盟三五大切- 鶴屋南北 2018/01/02 18:24
ミステリファンの間ではおそらく「ドグラマグラ」の映画の監督として知られているであろう松本俊夫先生が今年(2017年)亡くなられた。評者は松本先生にはいろいろお世話になった。なので、本年ちゅうに本作の評を書いて追悼の意を表したい。本作は松本俊夫監督作品「修羅」の原作になる。
「かみかけてさんごたいせつ」と読む。大江戸ノワールって考えてみたときに、評者のイメージに浮かぶのはまさに本作である。映画「修羅」では江戸の闇の深さ、電灯以前の夜の恐ろしさを描ききっている。映画ではカラーで大きな太陽が沈むところから始まる...それからの2時間、陰影の強いハイコントラストなモノクロームの世界が続く。
浪人薩摩源五兵衛、実は赤穂浪人不破数右衛門は、藩の金庫番でありながら盗賊に百両を盗まれて、その咎を得て浪人していた。松の廊下事件による赤穂取り潰しの後、仇討の計画を聞いた源五兵衛は、仇討に参加したいのだが自身の失敗を取り返さなければ、仇討参加もかなわない...そんな状況で、伯父の助右衛門が百両を都合してきた。それを知った源五兵衛が入れあげている芸者小万とその内縁の夫三五郎は、一芝居打ってその百両を奪う計画を立てた。三五郎にもどうしても百両が必要な理由があったのである。
この芝居はハマり、激情に駆られた源五兵衛はその百両を小万の身請け代として使ってしまう。晴れて小万と所帯を持てる、と思いきや、三五郎が自身が夫である事を明かし、美人局にかかったことを源五兵衛は知るのであった。その夜、三五郎夫婦は芝居の協力者たちと飲み明かしていたのだが、そこを源五兵衛が襲う。5人が斬られるが小万と三五郎は辛くも逃れる。
逃れた三五郎夫婦の新居に三五郎の父了心が現れ、主筋への忠義のために奪った百両を渡して、勘当を解いてもらう。その後そこへ源五兵衛が現れるが、いたって穏やかな様子である。不審には思うものの、番所に通報して捕えてもらうように手配するが、源五兵衛の若党八右衛門が罪を自白して捕えられていく...源五兵衛は持参の酒を置いていくが、その狙いは何か?
と、歌舞伎の台本とは思えないほどの、サイコホラー系サスペンスである。もちろん酒は毒酒で、居合わせた小万の兄弥助がそれを飲んで死ぬし、源五兵衛が再訪して...で乳飲み子を含むほとんどの登場人物が死ぬ大残虐絵巻になる。三五郎の忠義もただただ大虐殺を引き起こしただけだったのだ。この空しさ、ハードボイルドさは何だろうか。本作くらい「大江戸ノワール」の名を献上すべき作品はないように感じる。
最終的に百両を手に入れた源五兵衛は、晴れて義士たちの仲間入りをして、今の価値観で見ればかなりの不条理な結末で幕なのだが、映画はそれを否定して江戸の暗闇に消えていく。
「ドグラマグラ」を見る人も多いだろうけど、日本のアヴァンギャルド映画に巨大な足跡を残した松本俊夫の作品にハズレはないです。南北の歌舞伎戯曲を「ミステリの祭典」で紹介するのはネタかもしれないが、サイコホラー系サスペンスなことは間違いない作品です。歌舞伎台本でも世話物だったらそう読みづらくないし、白水社の「歌舞伎オン・ステージ」という台本集シリーズで読んだが、細かく語句注がついているから、そう敷居高くないです。

No.286 5点 金髪女は若死にする- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/01/02 18:17
本作の著者はビル・ピータースの名義なのだが..本作がマッギヴァーンの変名で書かれたことは周知で、これ1冊きりの名義、たとえばカート・キャノンみたいに妙に人気のある作品というわけでもないので、マッギヴァーンの中に入れる。本サイトだと別名義の管理ができないから、その方が合理的だと思う。
まあ本作、タイトルからして下世話である。その通りで、スピレインの二匹目のどじょうを狙った企画で書いたもののようで、「通俗ハードボイルド」としか言いようのない内容で展開である。主人公はフィラデルフィアの私立探偵ビル・カナリ。フィラデルフィアで出会った恋人ジェーンの住居であるシカゴに、カナリが休暇をとって突然訪問すると、ジェーンは不在、しかも何やら怪しげな空気が漂う。電話で連絡があり、ジェーンの居場所に向かうと、そこで出会ったのは、ジェーンの拷問された死体だった...
これだよ。要するにスピレインだと友人を殺害された私的な報復として「裁くのは俺だ」しちゃうわけだが、そういう「私」性を本作は取入れている。でまあ、カナリはよく女性にモて、ジェーン以外にも、協力者の女性新聞記者、ジェーンの同僚でヤク中のディーラーとのエッチなシーンがあって、当然ギャングも登場、ガンアクションも数回。殴られ監禁されるのもあり...とサービス満点。
でしかも、結構大技のひっくりかえしをするのだが、これが細かい伏線を引いてたりするし、最後にギャングをハメるため、大掛かりな監視の下で麻薬取引を追いかけるのだが、「ファイル7」あたりで発揮されるマッギヴァーンの状況俯瞰的な良さが光る..と「通俗ハードボイルドの模範解答」を見せられたような気分である。「通俗ハードボイルドってそんなものか?」という疑問が評者はフツフツと湧いてきてしまう。駄菓子のつもりで食べたら、和三盆だったような気分。

あなたはスマートで心臓が強くてガッチリしているわ。それに反して私は、ヘソ曲りの世間知らずよ。あなたはそのちがいをわざと誇張してよろこんでいるのだわ

なんて書かれるとちょっとイヤ味というものだ。やれやれ。

No.285 7点 復讐(ヴェンデッタ)- マリー・コレリ 2018/01/02 18:13
乱歩の「白髪鬼」の元ネタ(涙香)の元ネタである。19世紀末のイギリスの大流行作家だったマリー・コレリの本作というと、創元社の「世界大ロマン全集」に収録されている。このシリーズは創元推理文庫のミステリの一部(こっちは「世界推理小説全集」の担当が多いが、カーの「髑髏城」とか「月長石」は大ロマン)とそれ以外の大部分のベースになったものなのだが、本作は残念ながらここで訳されたのが最後である。訳者は平井呈一で、主人公は伯爵なのに言葉遣いが妙にべらんめえである。そういやこの人「Yの悲劇」の訳もあるなぁ。どうせ読むなら平井訳を探そうか...べらんめえなドルリー・レーンもまた一興。
で乱歩の白髪鬼だと、自身が殺意をもって崖から突き落とされるが、本作は偶然日射病で仮死状態になったのが、コレラの流行の真っ最中だったのでそれと誤認されて埋葬される。だから、純粋に妻の姦通と友人の友情の裏切りに対して復讐するのである。また復讐手段も、わざと挑発して決闘で殺す・身元を隠してプロポーズして結婚式の夜に真相を明かす、と完全に合法的で道義的問題はともかく、いわゆる「犯罪」は少しもからまない。だから乱歩独特の陰惨さみたいなものは、本当に乱歩のオリジナル要素で、「ヴェンデッタ」は姦婦姦夫にスケールダウンした「モンテ・クリスト伯」みたいなものである。犯罪者の陰はなくて、貴族的な誇りをもった漢らしいヒーロー性がある。
本作(というか涙香版)を乱歩は作家として立つ前によほど愛好したとみえて、「早すぎた埋葬」と「墓から蘇る男」「極限体験で総白髪になる」という乱歩ガジェットのソースを、かなりの部分本作が担っている(まあポーもあるけど)。乱歩の姦夫殺しのガジェットで印象的な部分も、姦婦側で出てくるから、ホント本作は乱歩の「デザインソース」としか言いようがないなぁ。
逆に乱歩が採用しなかった要素、3歳の娘が夫婦の間にいて、主人公の「死後」ネグレクトされて病気で死ぬのが結構泣ける演出があるし、主人公をサポートする従僕がなかなかイイ奴だとか、20世紀にジャンル細分化される前の、19世紀の大衆小説の大らかな「大ロマン」を体現しているかのような小説である。ノンキに読むにはなかなか、いいものだ。

No.284 9点 嫌疑- フリードリヒ・デュレンマット 2018/01/02 18:07
ハヤカワの「世界ミステリ全集」って、従来型の「古典全部集めました」の対極となる、過激にモダンな編集方針が災いして、保守的なマニアの評判が悪かった「ミステリ全集」なんだけど、英米仏以外の国のミステリを紹介した1巻があって、そこに収録されていた「嫌疑」を読んだのが初読。これホント衝撃の作品だった...なので今回読み直すのを非常に楽しみにしていたんだが、やはり「嫌疑」は非常な傑作。ポケミスで併載の「裁判官と死刑執行人」は「嫌疑」の練習みたいな雰囲気(プロットは結構違うが)なので、とりあえずここでは「嫌疑」について述べておけばいいと思う(「裁判官~」は重病のベールラッハが健啖ぶりを発揮するシーンが素晴らしい)。
ミステリを「悪」を扱う小説と捉えたときに、その「悪」が「既定の道徳から外れていること」ではなくて、「絶対的な悪」として描こうとするのならば、言い換えると「宇宙的な悪」というスケールで捉えるのならば、それは一種の形而上小説・観念小説になる。「嫌疑」に一番近いのは、評者の見るところ、埴谷雄高の「死霊」だろうね。そういう「しんとした襟を正すような、道徳の彼岸」を、探偵役のベールラッハは覗きこむことになる。話は単純。ナチの絶滅収容所で生体解剖をしていたサディストの医師が、追及を逃れて金持ち専用のサナトリウムの経営者に収まっているのでは?という疑惑をつかんだ、余命1年の警部ベールラッハは、主治医の協力のもとそのサナトリウムに入院して、手がかりを探る...

強制収容所で生体解剖を受けた或るユダヤ人から、人間の間には拷問するものと拷問に苦しめられるものとしかないと聞いたんだが、わしは悪へ誘惑されたものと、その誘惑に合わずにすんだものとの区別があると思うね。するとわれわれスイス人は、誘惑に会わずにすんだものにはいるわけだが、これは恩寵であって、多くの人が言うように、過失ではないんだ。何故なら試みにあわせたもうなかれとわれわれも神に祈るべきだからな

人間の獣性と聖性は危うい偶然にのみ左右されるのかもしれない。「裁判官」を併せて読むと、ベールラッハと医師はただの偶然で悪をなす側と悪を追及する側に分かれたにすぎないことになる....これが自らの行為に思惟をする人間の限界なのかもしれない。だからこそ、囚われのベールラッハを救い出しうるのは、自ら人間の列外へ逃れ出た「死人」くらいのものなのだ。ガリヴァーと小人の造形にあたかも白土三平の忍者ヒーローのような印象がある。素晴らしい。

No.283 5点 アメリカ銃の秘密- エラリイ・クイーン 2018/01/02 18:03
国名シリーズも本作の後は「シャム」とか「チャイナ」とか、「読者への挑戦」の意味が薄い作品になってしまうので、「国名」らしい捜査プロセス小説の最後の作品、ということになると思う。皆さんあまり評が芳しくないが、評者の希望は「この推理だったらお願いだから写真を付けて!」ということになる。ベルトの推理なんて言葉の描写でどこまで伝わるんだろうか。分からないのが当然な気がする。絵がちゃんとある射入角度の問題は、これ捜査当局が当然引き出していい結論なので、わざわざ名探偵の推理、とされると困っちゃうな...というわけで、謎の構築、というあたりでそろそろ手詰まり感が出てきているように見受けられる。「映画万歳」なわりにどうも知識は中途半端のように感じる。あまり納得のいく犯人ではない。
良い点は舞台装置が派手で「衆人環視の殺人」のハッタリが効いていること。「ローマ帽子」が舞台を生かしきれなかったっことの反省もあるのかな。西部劇が「劇」なことって日本じゃあまり知られていないから、なかなか貴重な小説かもね。

No.282 10点 アガサ・クリスティー完全攻略- 評論・エッセイ 2017/12/26 21:46
さて評者もクリスティ評を打ち止めにするので、この評論集を取り上げよう。評者はこの本に凄く感謝しているのだ。この本を読まなければ、たぶんこのサイトに書き込んでないと思うよ...というわけで評点の10点は感謝の意を込めて。
ミステリの批評というのは、どうしても乱歩以来の啓蒙的なプロセスを経て確立された定石みたいなものがある。「ミステリファンになるというのは、そういう言説に調教されること」のような雰囲気もあるわけだ。けど、今さら啓蒙ではないわけで、もっと自由に読んでいい、というのが本書の一番の主張なのである。まあクリスティのように、その作家的成長がそのまま日本のミステリ受容と足を揃えている作家の場合、戦前の「アクロイド」「ABC」のようなメルクマールが、そのまま「ミステリの大古典」に定着してしまっているわけだけど、とくにクリスティなら戦後も「アクロイド」や「ABC」に負けないいい作品を連発しているわけである。そういう認知バイアスを評者なんかは正したいと思うわけである。もはや歴史はどうでもいい。フラットに再評価をすべきなのだ。本書はそういう評者の背を押してくれたのだ。
まあ、本書ではたとえば「もの言えぬ証人」を絶賛するとか、ちょいとお茶目なところもあるのだが、実はこれは「創造的誤読」というもののように評者は感じるのだ。あえて「石を投げてみる」、批評的ヒエラルキーの攪乱者であること、そういうアティテュードの問題として、評者は肯定的に捉えたいのだ。「創造的誤読」でいいじゃないか。テキストの「絶対的な正しい読み」というものはもはや、ない。いかにそこから「自分の読み」を築いていくのか、が創造的な批評なのだ。評者はそれを実践したい。
...というわけで、クリスティの3大傑作が「終わりなき夜に生れつく」「謎のクィン氏」「春にして君を離れ」であるような評価だって、今は可能なのである。そういう風に評者はミステリという楽しい読み物をさらに楽しく読んでいきたいと思う。感謝。

No.281 5点 ベツレヘムの星- アガサ・クリスティー 2017/12/26 00:12
本作はクリスティのクリスマス・ストーリーである。まだから、小説としてはミステリとは言い難いが、Mystery には「宗教的な秘儀」という意味もあるわけで、そういう意味じゃミステリ、かもよ。
6つの掌編小説の間に4つの詩が挟まる構成で、あっという間に読めるが、クリスマスストーリーなのでキリスト教に関する常識は必須。やはり「水上バス」は「春にして君を離れ」のヒロインさえも救う話。本作のヒロインは自身で、他人の心がわからない「人間嫌い」と自認するような女性だから(少し身につまされるな)「春にして」の最終段階にいるようなものだ。だからこそ、ちょっとしたきっかけで、救われることもあるのかもしれないね。なかなか、いい。
「夕べの涼しいころ」は知恵遅れの少年が神と友達になる話だが、ミュータントみたいなSF風のテイストが不気味で、なかなか深い。あとは聖者たちがはっちゃける話の「いと高き昇進」が笑える。
というわけでクリスマス・ストーリーとは言っても堅苦しくはない。小話くらいにでサクっと楽しめる。
(クリスマスにこれを読もうととっておいたのだよ。「アクナーテン」「さああなたの暮らしぶりを話して」「殺人をもう一度」はまあ、いいや。とりあえずクリスティは本作で打ち止めにします。)

No.280 5点 殺人交叉点- フレッド・カサック 2017/12/24 23:19
「殺人交叉点」は3回翻訳されていて、最初の2回の「殺人交差点」(訳題が微妙に違うのに注意。岡田真吉/荒川浩充訳)は57年の版を、最新の「殺人交叉点」(平岡敦訳)は72年の版を底本にしているのだが、評者は荒川訳の「殺人交差点」と平岡訳の「殺人交叉点」の両方が手に入ったので、読み比べることにしよう。
少なくとも、1点の問題を除いて、日本語で読む限りあまり違いはない。犯行年月日を5年ずらして風俗的な描写をアップトゥデイトしたに過ぎない感じだ。ただ、旧訳は第Ⅱ部の初めで、本作のどんでん返しのネタバレをしてしまっている...訳者が「訳しづらい」と考えて意図的にしたのだろうか?それにしてはツマラないことをしたものだ。そうでなくても日本語の翻訳は、いわゆる「役割語」が重要なので、第Ⅰ部を読んでいても敏感なら違和感を感じるのではなかろうか..まあ、旧訳を読むのは、当たり前だがオススメできない。新訳だけを読むべきだ。だから新版の改良点というのは風俗面のアップトゥデイトと、ほぼフランス語としての完成度を高めただけのことだろう。
ただ、評者は1点非常に気になる点がある。それは「ルユール夫人はどうやって真犯人の名前を知ったのか?」という問題である。恐喝者は真犯人の名前をルユール夫人に教える義理はまったくないし、どっちか言えば、教えることが恐喝者の利害と矛盾するわけだ。心理的にも機会的にもまったく納得がいかない。本作は、犯人が犯行を晦ますためにトリックを弄しているのではなくて、作者が読者をひっかけるためにトリックを弄している小説である。だから、本作の眼目は「読者をひっかけるトリックが、結果的に登場人物をひっかけることになる」というあたりなんだろうけども、ここで「犯人の名をどうやって知ったか?」を曖昧にするのは、作者の都合によるズルのような印象を受ける。まあそもそも、最大のひっかけ材料は、構成的な枠組み的な部分であって、ストーリー的な内容部分ではない付加的な部分なのだから、そもそも「仕掛けていることが世知辛い」印象を受けるようなものだしね。
...まあだから、ストーリー的な部分はわりと面白いのだけども、何かこましゃくれたような賢しらを感じて評者はイヤな気分になったな。というわけで、ちょいと減点します。「連鎖反応」はそういう傷はないけども、極めてフランス的な幾何学精神が、どうも作り物めいていて不思議。わからなくもないが、ファンタジーみたいな感覚。
(あと面白いことに、旧訳は小道具の8ミリを、9ミリと訳している。要するにカメラはもともとパテ・ベビーだったわけだ。新版で作者が時代遅れだと思って変更したのだろうか?それとも訳者の親切心か?)

No.279 6点 失脚/巫女の死- フリードリヒ・デュレンマット 2017/12/15 06:54
「嫌疑」とか「約束」とかイケてた作家だから、結構期待したのだが...
短編集ということで、さすがの切れ味はある。狙いのうまい作家という印象だが、テーマが短編ではナマで出てしまって「アタマのイイ作家だなあ」という印象になってしまうのが、やや難。筒井康隆に対する評者の不満に似た印象を受ける。「嫌疑」や「約束」で感じるような、「わけのわからない」迫力みたなものもう少し感じたいな。
人によって、この4作で「どれが」がかなりバラける短編集じゃないかな。評者は「故障」が一番イイと思う。「熱海殺人事件」の元ネタと言われても納得するかも。4人の元法曹人たちの「グロテスクで奇妙な引退した正義」という捉え方が妙にツボである。ミステリの真相というものを「引退した正義」として捉え返すこと、というのは結構イイ視点だと思うよ。たとえばクイーンでも「第八の日」とかこういう見方に通じるものがあると思う...
あと「巫女の死」は、これはオイディプス神話全体の一種の多重解決モノとして読むべきでしょう。「オイディプス王」の内容だけだとちょっと背景理解が不足するのでは。理に落ち過ぎても何なんだが、「理性を信じる予言者」の理性がアテにならず、「イイカゲンな巫女」の気まぐれに振り回される皮肉、あたりにポイントがあるのではとも思うが...
というわけで、デュレンマットを読むのは、「理性不信の探偵小説」という難題を抱えこむ覚悟がちょいと必要のようだ。

No.278 7点 けものの街- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/12/10 14:17
海外作品は「社会派」がないので困るんだけど、本作は「社会派」としか言いようのない作品。マッギヴァーンって言うと、頑固なまでにシリーズキャラクターを作らない作家なのだが、それは主人公の「モラル」への関心が強いがためなのだ。毎回マッギヴァーンの主人公たちは、ユニークで厄介な「道徳的なトラブル」に遭遇する。個々に抱えたモラルの問題がそれぞれユニークで、そのため「不変の正義」を主張しうる「ヒーロー」であることを阻む..そういう事情である。
本作の主人公は、郊外の分譲住宅地に住まいを定めた中流ホワイトカラーである。日本でも、分譲住宅の住人と市営団地の住民、あるいは地元の村落の人々との「階級的」な軋轢のようなものに遭遇した経験がある方もおられることと思う。本作だと、スラムのような古い住宅地に前から住んでいる住人と、ホワイトカラー向けの分譲住宅を買った新しい住人たちとの間で、アメリカだからそれこそギャング顔負けの抗争が起きてしまう話である。
発端は主人公たちの側のローティーンの子供たちが、スラムのハイティーンの少年たちに恐喝されて、親の金をくすねることから始まる。子供を守る気持ちの強いミドルクラスの親として、警察に届けはするのだが、警察もあまり有効な手は打ちづらい...で、主人公たちは対策を相談するのだが、地元の運送業者が助太刀しようと申し出る。この運送業者が一本独鈷の自営業者らしく、いかにもアメリカ保守の独立自尊ベースの自警団的な体質の男だった。その影響を受けてホワイトカラーの主人公たちも、子供の交通事故などもあって、ついつい暴力的な対応に出てしまう。
実は子供たちの恐喝トラブルも、分譲地の親が過剰な心配をして、それまでスラムの子供たちが遊んでいた少し危険な池を埋め立てたことの「補償」のようなことから始まっていたようで、全面的にスラムの子供たちが悪いわけではない。しかし「非行少年」のレッテル貼りもあって、ミドルクラスの主人公たちはついつい色眼鏡と誤解から、過剰な暴力的手段に出ることになる....その中で、主人公サイドの方こそがイイ齢のダンナ方であるにもかかわらず、ついつい獣性を発揮することになってしまうのである。
主人公たちは「正義と家族の安全を守る」大義名分のもとに、とんでもないトラブルに自ら飛び込んでいってしまったのだ。まあだから本作は本当は非行少年モノではなくて、そういうアメリカの「ミドルクラスの罪」を描いた作品で、ミステリかどうかはかなり微妙。それでも「主人公のモラル」を巡るマッギヴァーンの作家的一貫性がちゃんと窺われて、評者は本作が好きだ。

No.277 6点 ベルリンの葬送- レン・デイトン 2017/12/06 23:54
今年アンブラーをほぼコンプすることになるから、来年はル・カレに腰を据えてとりかかろうか...なんて考えているんだけども、その前に、本作やっておこうじゃないの。一時はル・カレと双璧の扱いを受けていたレン・デイトンの力作である。
「国際政治をエンタメにしたもの」というのが広い意味でスパイ小説の定義になるんだろうけど、アンブラーだったら国家に縛られることないアナーキーの視点を常に保つがために、「スパイ小説」から逸脱しようとする力学の中で作品の面白さが輝くことになる。ル・カレにせよデイトンにせよ、もはや「国家=スパイ」は所与だ。なので両者ともざっくり言うと「不平屋」の立場に立つことになる。もちろんル・カレなら正攻法でスパイ組織の官僚化を取り上げるわけだが...デイトンはずっと斜に構えている。
デイトンはもともとデザイナーだそうで、場面を印象的な比喩で描く描写力は傑出している。斜に構え方と比喩力の高さから「スパイ小説のチャンドラー」なんて呼ばれてたわけだがね。少なくとも日本ではチャンドラーのカッコよさの陰にあるナニワブシなところがウケてた印象を評者は持つんだけど、スパイ小説は本質的に「人間不信な」小説である。なので、デイトンを読んでいると、「ひたすらカッコイイ」という印象が続いて、何か疲れてくるのだ。アンブラーはずっとオトナなのか、そういうカッコよさみたいなものを「恥ずかしい」と感じるセンスがあるのが評者は大好きなんだが....で、本作は、ソ連の農学者の亡命を仕組むチームの内部の話なんだけど、本当に呉越同舟というか、それぞれがそれぞれを裏切りつつプロジェクトが動いていく話である。登場人物はハードボイルド的に見事なほどに内面を持たない。相互に裏切り合ったところで、罪も悔恨もありえないような世界である。本作はル・カレよりも007に近いのでは?なんて思ったりもするのである...
まあそういうわけで、本作は一読の価値はあるんだけど、忘れられた作品になるのは仕方ないかな、というのが正直な感想。本作でみんな聞いてるシェーンベルクの「管弦楽のための変奏曲」って、見事なまでに感情移入を排した究極に「非情な」音楽だから、本作にはハマりすぎ。

No.276 8点 炎蛹- 大沢在昌 2017/11/25 23:42
評者は90年代後半~00年代くらいミステリをほとんど読んでなかった。それでもなぜか鮫のダンナだけは継続的に読んでたなぁ。考えてみると、このシリーズ、ゲイ小説として読めるんだよね。そりゃシリーズが始まるのがハッテンサウナの場面だよ。「毒猿」とか「無間人形」を腐った視点で読むのもあながち間違ってないように感じるくらいだ。で、評者一番のお気に入りは本作。「あれ変わってるか?」と思わなくもなかったが、いろいろ書評を見てみると、少数だが本作が一番いい、とする意見は割と目につく。よかった。
何がいいか、というと本作は偶然の悪戯で、複数の事件が知恵の輪か箱根細工か、というくらいに複雑に絡み合あい噛み合ったさまを愛でる、という楽しみがあることだ。どうする鮫島、どうほぐす?というのが一番の興味。なので謎解きよりもそっちがまず優先。「複数の事件」というわけで、本作「孤高の刑事鮫島」であるにも関わらず、一種のモジュラー方式である。シリーズ設定と矛盾してる気がしなくもないが、放火事件なので消防庁と、検疫なので農水省と、外部機関からの協力要請ということで、複数事件が並立するモジュラーの説得力を出している。モジュラーで放火事件というと、どうしても「ギデオンと放火魔」を連想するわけだが、作者もきっと頭をかすめただろう。力業でしたいことを実現しちゃったわけだ。
一番凝った事件になるのが放火事件で、これがちょいとした謎解きもあって、最大のキー項目になる。これがなかなか冴えている。バランスのとり方が小説術としてうまいなぁ、と感じさせるところ。まあ本作、傷っていえば単にシリーズ全体の大きな鮫島ストーリーとほとんど関係のない単発のエピソードだという程度。なので代表作にはしづらいかもしれないが、トータルの完成度ではベストだと思う。

No.275 6点 フランス白粉の秘密- エラリイ・クイーン 2017/11/25 00:23
本作のイイところというのは、デパートを舞台として、「二十世紀の大都市の交響楽」といった感じの、都市小説としての香りがあるところだろう。まあこれが「ブルジョア家庭の秘密」といったより古めかしい要素で薄まるのが残念と言えば残念(そういう意味では評者は「Xの悲劇」を買うなぁ)。
本作は、火曜に事件が発覚して、木曜には解決しているんだよ。超短期戦というべきである。こういうスピード感が本作の「モダンさ」を象徴しているようだ。なので、小説的には本作は、意外に長さを感じない良さがある。まあ、ハッタリといえばハッタリなんだけど、最後の謎解き場面なぞやはり演出的になかなか盛り上がる。
ただ、パズルとしては...弱点多いなぁ。パズル、と銘打つ限りは「ちゃんと解ける」というのが必要なんだけども、本作の推理だと必ずしも犯人を絞り切れないように感じるな。犯人を最終的に名指す決め手は...これを決め手にするのはちょっと予断というか決めつけが過ぎるように感じる。まあハッタリの効いた演出の流れがいいから、何となくごまかされちゃうのだけども、「読者への挑戦」の時点ですでに分かってることをほぼ繰り返している(ショールームに死体を動かした理由とかはなかなかいい推理だと思う)ことが多く、新しい材料で犯人を特定しようとする肝心の部分が弱いように感じる。「謎の小説的構成」が必ずしもうまく行っていないのでは。
それとこれはバランスの難しい話だが、マジメに尋問を優先して退屈になってしまった「ローマ帽子」を反省したのか、現場尋問を適当に切り上げてエラリイ仕切りでのアパートメント捜査に描写を費やしたことで、捜査描写が恣意的でややいい加減になってしまった印象があること。「オランダ靴」くらいのバランスが一番しっくり来るように感じる。

No.274 6点 薔薇はもう贈るな- エリック・アンブラー 2017/11/24 23:52
本作はアンブラーの最後から2冊目、最後の「The Care of Time」は訳されてないから、訳された中では最後の作品になる。アンブラーの集大成みたいなニュアンスがありつつも実に独自でオリジナリティ抜群の作品なのだが...
例えば「ディミトリオスの棺」が、作家が国際的犯罪者の痕跡を追って、その秘密に肉薄する話だったように、本作は犯罪学者のチームが、陰に隠れた「犯罪者」のしっぽを掴み、その弱みを使って、直接のインタビューを行う経緯を描いている。本作は実のところ、その「犯罪者」サイドから描かれた小説である。しかもその「犯罪」というのが、国際的な規模の組織的なものではあるが、経済的な部分での犯罪、地下銀行の経営やタックス・ヘイブンを使った合法的な脱税指南という部類の「犯罪」である(「武器の道」の武器取引だって必ずしも犯罪とは言い切れないしね)。第二次大戦後のドサクサの中で私腹を肥やした経理将校たちのために、地下銀行組織(最終的にはイタダいてしまうのだが)を築いた、主人公の師匠であるカルロは、主人公にこう諭す。

きみはまず、わしが犯罪者であるとか、犯罪者としての天分を持っているとかという馬鹿な考えから根本的に脱却しなければならない。わたしは法律を重んずる弁護士だ。不法行為は、未熟者か阿呆のすることだ。賢いやつはそんなことをする必要がない。

本作の「犯罪」というのはこういう態のものだ。各国の法制のスキマを縫うようにして、秘密の資金を動かして課税を逃れ、あるいは利殖したものを「洗濯(いわゆるマネー・ロンダリング)」して還流させる、といったもので、グレーゾーンで当局も手が出しにくい手口もいろいろあるようだ。だから、犯罪学者たちの追及も結構ムリ筋に近いのだが、背後にはやはり各国情報部の影が見え隠れする...主人公ファーマンはそのインタビューの舞台に選んだ南仏のリゾートの別荘を、監視する一団に気づいた。彼らはどうやら、ファーマンの組織によって資金をかすめ取られた被害者(?)らが報復に雇ったプロたちらしい。前面に犯罪学者、後背にギャングたちと腹背に脅威を感じつつ、インタビューは進む。しかし、ファーマンの現在のビジネス・パートナーである、タックス・ヘイブンの影の支配者(この男の経歴がシンプソンを思い出させるが、ずっと悪辣で有能)が、ファーマンを見限るそぶりを見せだした。幾重のピンチに取り囲まれたファーマンは逃れることができるだろうか?

と「歴史の影に蠢く国際的大犯罪者」のイメージも、ディミトリオスから比べると、なんとまあ、大きく変貌したものであろう! ファーマンはディミトリオスとはまったく似ていない。しかし国際的規模の陰謀はさらに精緻に巧妙になり、報復も殺人よりは税務当局への密告の方が好まれるような「悪」になってしまったわけだ。
同様にアンブラーのプロットもさらに精緻になっている。犯罪学者たちに手口の一端を少しは公開しなければいけないこともあって、ファーマンの「仕事歴」の公開(これがなかなか興味深い)と、犯罪学者たちのあしらい、それに襲撃への警戒の3つが同時に進行する構成でサスペンスを盛り上げる。また、この本自体が最終的にファーマンのある狙いを実現するための仕掛けになっている、という「インターコムの陰謀」でも見せたようなややメタな狙いがあったりもする...(まあ詳細は読んでのお楽しみ)
というわけで、本作はアンブラーの集大成、といってもいいような精緻な内容を持っているのだけど、正直言って精緻な分迫力みたいなものは薄れている。またこれは訳の問題もあるのだが、登場人物たちはみな一筋縄でいかない策士たちであって、それぞれがそれぞれを「化かしあう」ために会話する。だから話す内容の陰にいろいろと狙いが込められ「すぎて」いて、会話内容がなかなかわかりづらい。本作を本当に楽しむにはちょいと修業が要りそうだ。

No.273 7点 クイーン警視自身の事件- エラリイ・クイーン 2017/11/24 22:48
本作、ミステリというよりも、変形のゴシック・ロマンスだと思って読んだ方がいいように感じる。
というのも、本作で一番説得力がある部分は、定年退職したクイーン警視と、ヒロインのナース、ジェシイとの恋愛描写だったりするからね。というか、ハンフリー氏って、ガチのゴシックロマンスの敵役キャラだと思うよ...としてみると、本作は第二期の上滑りした駄作群(ハートの4とか悪魔の報復とかね)に対する、成熟したクイーンの回答、というような気がするのだよ。ロマンスと冒険を、リアルで地に足の着いたかたちで実現できた...まあそれが男女の年齢を足して100歳を超える、熟年の恋だったとしてもね。
まあだから、本作の謎解きはおまけ。ヒロインが犯人に襲われて危機一髪ヒーローに救出される。それで十分。

だがどうしても警察には言いたくない。言ったが最後、この事件はわたしの手から離れてしまう。ジェシイ、これはあんたとわたしと二人の事件だ。

くぅう、こりゃ殺し文句だ。いいじゃないか、ハーレクインだって。
(本作エラリイが登場しないせいか、バリバリの真作なのに本サイトでも書評が異様にすくないなぁ。中期じゃ面白い方だと思うけどね。)

No.272 7点 おれは暗黒小説だ- A.D.G 2017/11/22 00:14
フレンチノワール第二世代、左大臣マンシェットと並ぶ、右大将A.D.G の出世作。ここらってぇと、岡村孝一の「岡村節」な饒舌体が、A.D.Gのモトがそうなのか岡村節なのか、区別がつかないくらいにノリノリ満開である。「ゆるふん」だとか「おろく」「おぜぜ」「おこもさん」といった、評者でもここウン十年聞いたことのないようなナツい言い回しが連発している...若い人だったら聞いたこともないような懐かしの俗語である(オロクに至っては..あれ、幕末くらいからあるような忌みコトバでは?)。そもそもフレンチノワールっていうと、カタギなフランス人は耳にしたこともないようなギャングの隠語がテンコ盛りで、シモナンの隠語辞典とか片手に読むようなものだそうだから、若い人が意味を引き引き読んだ方がそういうニュアンスが出ていいのかも...なんて思うくらいだな。
まあ本作、ほぼ文体と狂ったキャラがすべて。プロットは典型的な巻き込まれ型スリラーで、ノワール作家の主人公が、罠にかけられて反撃する話。作家が主人公、というあたりからも、読んでて筒井康隆みたいな饒舌のテイストを感じるなぁ。評者的にはクールなマンシェットの方がツボだが、お下品なA.D.Gだって「俗文学の極み」って感じで悪かあない。
まあ本作の最高!なところは、何と言ってもタイトル。「僕はうなぎだ」という日本語の文法に関する議論があって、こういう文を「うなぎ文」と俗称するのだけど、本作のタイトルだって随分の破格。どうせタイトルつけるなら、こういうタイトルつけたいものだ。

No.271 7点 裏切られた夜- ジョイス・ポーター 2017/11/15 00:17
リンダ・ハワードなんてやっちゃった余勢を駆ってジョイス・ポーター作の本作はどんなものか。
かつて駆け落ちした男はソ連のスパイだった! 大使の娘アンは、結婚するつもりだった男に殺されかけるが、九死に一生を得て救出される。その8年後、当のその男ロゼルが、アメリカへの亡命を希望して、産業スパイの身元を明かす手土産とともに、ソフト会社経営者のニックに接触した。大物スパイのロゼルの亡命希望に、CIAも色めき立ち、社内の裏切り者を知りたいニックと共同して、ロゼル亡命作戦を立案する。しかし大物スパイ・ロゼルの顔を知っている者は誰もいない...アンを別にして。ロゼルの亡命は罠か、それとも本当か。ブリュッセルの国際会議を舞台に準備は次第に整っていく。亡命の現場でニックとアンはロゼルと接触するが、その場が謎の人物によって襲撃された! 意識を失ったロゼルを収容し、ニックとアンは追っ手を逃れてフランスへと...
はい、梗概をまとめて改めて感じるけど、ちゃんとしたスリラーになってるよ。8年前の出来事の時間軸と、ブリュッセルから最終的にチューリッヒに至る空間軸をうまく交差して広がりを持たせているし、何と言ってもキモは、自分を殺そうとした男の身元を確認できるのは自分だけ、というサスペンスの引っ張り方である。向こうも果たして自分に気が付いてるのか? また今の恋人であるニックとのさや当て如何、とかそういう射程の短い興味と、亡命の裏にある狙いを巡る全体的な謎と、うまくバランスが取れていて面白い。なかなかの秀作だと思う。
で、何だけど、本作は「ジョイス・ポーターの作品」ということになるのだが、ハーレクインなんだよね。ジョイス・ポーター自身「なまけスパイ」のシリーズがあったりするし、本人も若い頃イギリス空軍でスパイの養成に当たった経歴がある人だから、こういうスパイ小説を書いても全然不思議じゃないのだが...でいろいろ調査してみたのだが、本作の作者があのジョイス・ポーターなのか、結論を先に言うと「よくわからない」。ややこしいので、ここからは「ドーヴァー警部モノを書いたジョイス・ポーター」を「ドーヴァーさん」と呼ぶことにしよう。
日本のWikipedia の記述では、本作をドーヴァーさんが書いたことになっているが、英語版ではまったく無視されている。根拠は不明だが「ミスダス」では同名異人にしているし、「aga-search」では「その他の翻訳作品」として真作扱い。本書では娘のロマンス作家デボラと共著の「Deborah Joyce」名義がある、と作者紹介がされ、この名義は5作ほど確認できるが、やはりミステリorスパイ小説風の作風が多い。しかも amazon の洋書では書影に「Joyce Porter」と書かれているにも関わらず作者が「Tracy Porter」となっているありさまだが、これはamazon のミスだろう。ロマンス小説側は、どうも作者情報がしっかりしてないようだ。それでもドーヴァーさんが書いた、という消極的な証拠みたいなものはあって、ドーヴァーさんの没年以降には、Joyce Porter も Deborah Joyce も Deborah Bryan も活動がパタッと止まっていることである。Deborah Joyce の作風と合わせても、けっして矛盾が起きているわけではないのだ....
ごめん、降参だ。わからない。どうもハーレクインは「翻訳小説の魔界」と言っても過言じゃなそうだ。作品以上に謎だね、「ジョイス・ポーターの謎」は。

No.270 7点 十字路- 江戸川乱歩 2017/11/11 14:54
戦後の乱歩というとどうにもこうにも、作家としては過去の模倣(影男)か、「マニアが無理して書いたパズラー(化人幻戯・ほぼ盗作の三角館)」としか言いようのないものしかなくて、もう気の抜けたビールのようなものだったのだが、本作は「乱歩らしさゼロ」でしかも面白い...まあこの理由は有名で、本作は乱歩取り巻きの渡辺剣次の書いたオリジナルシナリオを小説化した、今でいうノベライゼーションだからである。このことは乱歩自身が認めていることである。渡辺剣次というと、評者とかだと70年代後半の「13の~」で始まるアンソロの編者として印象深いが、ある意味本作が「(陰の)代表作」になることになるだろう...
ありがちなことだが、評者の世代だと本作はポプラ社「少年探偵 死の十字路」で、渡辺の実兄氷川瓏が子供向けにリライトした版が初読だ。ラストの遠隔情死にミョーに胸をときめかせたのが記憶に残ってるよ。マセてるというのか歪んでるっていうのかねぇ。
本作は「倒叙」ということになっていて、まあ、捜査側との攻防感があるから犯罪心理小説というよりも、パズラー派生の倒叙でいいように思う。ほぼ行きがかりで思わず妻を殺してしまった男が、妻の死体の隠ぺい工作のために、車を走らせていると、偶然別な死体が転がり込んでくる...という、上出来なプロットでフレンチミステリの香りがする(「死刑台のエレベーター」を連想する)。その後も悪徳探偵が絡んだりとか隙のないプロットの綾が続き、短めなのが残念なくらいに面白い。
で、なんだが、今回無粋ついでに「死の十字路」の側と文章を比較してみたのだが...これが結構ショックである。もちろん、ポプラ社子供向けなのだが、本作だとちょいとムリがあって「どこが少年探偵だ!」というくらいにアダルトな仕上がり(SEXは当然排除しているので、不倫も学生運動がらみのトラブルになっているとかね)。ショックなのは、文章が大人向けと子供向けでさほど違わない、ということである。子供向けは漢語・外来語を少なくし、複文をシンプルに切りなおしているので、こっちの方がリズムがいいくらいだ。まあ尺の都合もあって、文章を全体に詰めてはいるが、会話などほぼ「そのまま」の部分が多く、リライトというより、編集とか再構成という感覚で、作者自身によるリライトと言われても通るレベルである。
....ちょっと疑念を持ってしまうよね。本作、本当に乱歩、文章を書いたんだろうか?? 実際の筆者は氷川瓏で、兄弟合作だったのでは?そう見てみると、「死の十字路」の「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」の作者表記は、氷川のプライドを込めた秘密の告白だったのかもしれない。

No.269 6点 夜風のベールに包まれて- リンダ・ハワード 2017/11/05 15:03
アトランタのウェディング・プランナー、ジャクリンが今まで遭遇したなかでも、最悪のブライジーラ(結婚式に夢を求めすぎて周囲にトラブルを巻き起こす勘違い花嫁をゴジラに見立ててこう呼ぶそうだ)がキャリーだった。打ち合わせの最中にキャリーから平手打ちにされ、契約を解除されたジャクリンは、貸会場を後にするが、その直後キャリーはケータリングのケバブの串によって殺害されているのが発見された。捜査が始まり、容疑はジャクリンにもかかったが...
と書くと、殺人があって捜査があって、ちゃんとミステリ、でしょ。実は本作はハーレクインに代表される女性向けロマンス小説だったりするのだ。まあ女性は一般にミステリ好きだからね、このジャンルもミステリ仕立てというのは非常に多いのだ。本作の作者は、その業界では「女王」と呼ばれるくらいの人気作家でしかもミステリ仕立ての得意な作家だ。キャラの性格付けをするエピソードを作るのが非常に上手で、どのキャラも印象によく残る。ヒロインのジャクリンも嫌味なく「仕事のできる女」だけど、対男性はややコジらせ気味。それに対してヒーローは捜査に当たる刑事エリック。男らしくワイルドなのが売りだが、ロマンス小説だからか結構洒脱な印象がある。コーヒーを買いに行くと連続して強盗に遭遇し連日の緊急逮捕とか、TVドラマ風のコミカルさも見せる。
あ、ミステリとしては犯人はそう意外でもトリックがあるわけでもなし。それでも真犯人がジャクリンに目撃されたのを口封じするために襲撃するアクションもあって、サスペンスはちゃんと書けている。何やかんや言って、読者の気を逸らさない腕前は確かで、人気のほどは頷ける達者さだ。エンタメとしては十分合格の部類だが、ミステリを期待するのは何だ...という気もするが、本作は本来のファンに言わせると「力が落ちた」と言われる部類のものだそうだ。それでもジャクリンが引き受けたのを後悔した「田舎のヤンキーな結婚式」が実は実はの大盛り上がりのイイ結婚式になるエピソードなんぞ、小説のうまさを感じさせる筆力があるのは確か。
(ちょっとマジメな書評が続いたので、気分転換にネタを提供。ハーレクインなどの女性向けロマンス小説業界は、初版のみ売り切りで、再版重版なしという過酷な「読み捨て」の世界のようだ。そんな中で「女王」と呼ばれるのは結構スゴいことのようにも感じるよ。そういえばドーヴァー警部で有名なジョイス・ポーターに「裏切られた夜」というハーレクインがある。この人の娘もロマンス作家だそうだ。)

No.268 9点 ゼンダ城の虜- アンソニー・ホープ 2017/11/02 00:03
ホームズの長編で分かるように、19世紀末の時点ではミステリと冒険の境というものはいまだ曖昧だった。ホームズを読んで育った世代、クリスティやカーの世代では、本作を読んているのははジョーシキで「こういう面白い小説を書きたい」と作家生活の初めに感じていたといっても過言ではない。クリスティなら「チムニーズ館」にも本作の余韻のようなものが強く漂っているし、カーも特に晩年の歴史冒険小説に本作が与えた影響は大きなものがある。どうやらアンブラーの処女作「暗い国境」でさえ本作のモチーフが強い影響を与えているだけでなく、日本では山手樹一郎が本作を翻案して「桃太郎侍」を書いたのは有名な話であり、どうやら隆慶でさえ「影武者徳川家康」に本作の木霊を聞くのも不可能ではないだろう。というくらいに本作の影響は実作レベルでは絶大なのだが、ミステリのジャンルが確立すると、そこからはズレている本作は言及さえれることが少なくなってきてしまった...
と本作の意義をまとめればこういうことになるが、御託なんでどうでもいいくらいに本作は面白い。本作の面白さは「王将が飛車」なことにある。イギリスの有閑青年ルドルフは、秘密の血縁関係にあるヨーロッパの小国ルリタニアの同名の王ルドルフ五世の戴冠式見物を目的にルリタニアを訪問した。偶然王と出会い、その容姿の類似に驚きあうが、戴冠式を控えた王は、王弟のたくらみによって毒酒を盛られて人事不省に陥ってしまった。ルドルフは王の側近たちによって、王の身代わりに戴冠式に臨むが、それは王弟との熾烈な暗闘の幕開きに過ぎなかった...
という話で、ポイントは単なる身代わり話ではなくて、ルドルフは王の救出のため身を張って王弟一派と戦闘し、王が幽閉されているゼンダ城に忍び込んで王を救出するなど、アクションもこなす立役者であることだ。同時に王の婚約者となっている(があまり好かれていない)従妹の女王と、自身の魅力によって相思相愛の、ただし王に対しては申し訳のない仲になる矛盾にさいなまれる。このような活躍と恋を通じて、次第に周囲の人々も「王以上に王者らしい」という評価を勝ち得て...と成功すればするほど、ルドルフの良心は痛む、というジレンマに追い込まれていくさまが、本作の一番の読みどころである。
また、ルドルフの宿敵となるヘンツォ伯爵ルパートの造形がいい。

向こう見ずで、抜け目がなく、優雅で、作法を守らず、好男子で、上品で、悪党で、人に負けない男だった

と黒馬のヒーローの資格充分の悪党である。昭和初期の丹下左膳を筆頭とするニヒルな怪剣士の原型でもあるな。老練な策士サプト大佐、ルドルフを助ける篤実なフリッツ、ヒロインのフラビア女王のロマンチックな恋愛の魅力など、それぞれキャラが立っている上に、創元文庫版だと正編に続いて、数年後を舞台として恋も王位もルパートも決着がちゃんと着く続編「ヘンツォ伯爵」(出来は少しだけ落ちるが)があって、大河ドラマ的な楽しみ方もできる用意周到さである。まあこりゃ、リアルタイムの読者が「こういう小説書きたいな」と思わせる要素がぎっしり詰まっているような作品だったろう...
本作は惜しくもミステリ史から漏れてしまった作品なのだけど、本作を読まないとミステリ黄金期作家論の上で「わからない」ことが結構出てしまうと感じている。そういう意味でも「必読」だが、これは「楽しい義務」の部類だ。ぜひ読まれるとよろしかろう。おすすめ。

No.267 6点 片道切符- ジョルジュ・シムノン 2017/10/31 00:47
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」という作品が、とくにフランスで強い衝撃を持って受け取られ、カミュの「異邦人」なんかもその反響の一つだという話を「異邦人」の書評で書いたのだが、本作は「郵便配達」の、シムノンという名前の付いた、別なエコーである。シムノンびいきのアンドレ・ジッドなぞは同年に発表された「異邦人」をクサす一方で本作を称揚している。本作は「郵便配達」同様に、流れ者が孤独な女と深い仲になって、結果その女を殺すことになる顛末である。
本作の主人公ジャンは、ブルジョア家庭の育ちなのだが、ふとしたことから人を殺して刑務所に入り、出所したばかりの宿無しである。バスの中でふと知り合った「クーデルクのやもめ」と呼ばれる中年女性タチの下男として農家に雇われる。タチは義父にあたる老人を性的に慰めつつ、農家を経営するのだが、小姑にあたる姉妹との間で財産を巡って暗闘が繰り返されていた。ジャンはタチとも深い仲になる反面、姪にあたるフェリシーとも戯れる。タチがフェリシーの粗暴な父に殴られて寝つくことで、次第に状況は泥沼に陥っていく...
まあだから、ジャンは痴情の「もつれ」としか言いようのない、感情の綾の中に「うんざり」してしまって、タチを殺してしまう。ここにあまりはっきりした動機をシムノンは設定しない。そもそも刑余者らしいテンションの低さがジャンは特徴的で、刑法の文面がフラッシュバックで時折インサートされるわけで、「今度何かやったら死刑」というのは重々承知していながらも、ついつい小さく曖昧な動機から、殺したり殺されたりするものなのだ....殺人の後もジャンは現場で酔いつぶれて寝てしまい、不審に思った隣人の通報によって警官に蹴り起される

「なぐらないでくれ...疲れてしまった、すっかり疲れてしまった」

ここにはどんなドラマもない。リアルの極みと言えばその通りで、不透明な肉体がただただ、ごろりと転がっているだけのことだ。

1 2 3 ... 10